平成28年度卒業式

第6回(平成28年度) 長崎県立大学卒業式 学長訓辞

平成28年度卒業式

 木々の梢を軽やかにわたる風が、春の訪れを優しくささやき、冬の寒さに耐える中で、しっかりと培われてきた生命(いのち)の息吹が躍動し始めました。大学においても、希望に胸を膨らませた多くの若い命が、巣立ちの時を迎えました。本日ここに、平成28年度長崎県立大学卒業式を挙行できますことは、誠に光栄に存じ、また大きな喜びであります。学部を卒業される皆さん、大学院を修了される皆さん、誠におめでとうございます。心から祝福すると共に、皆さんのこれまでの努力に深く敬意を表します。また、卒業生の皆さんを今日まで育み、支え、励ましてこられたご家族の方々のお喜びはさぞ大きいものと存じます。心よりお祝い申し上げます。

 長崎県知事 中村法道様、長崎県議会議長 田中愛国様 代理 文教厚生委員会委員長 山本由夫様、長与町長 吉田愼一様をはじめ多くのご来賓の方々には、ご多用にも関わらずご臨席頂きましたこと、誠に有り難うございました。深く御礼申し上げます。

 皆さんは、4年前の入学式で私が言ったことを覚えておいででしょうか。マララ・ユスフザイというパキスタンの当時15歳の少女の話を紹介しました。女性にも教育を受ける権利があるという我々の感覚で言えば至極当たり前のことを主張し、信念に基づいて学校へ通ったことで、タリバーンに銃撃されました。瀕死の重傷を負った彼女がイギリスで治療を受け、その地の高校に通学し始めたのは、皆さんが本学で学び始める2週間前のことでした。その後ノーベル平和賞受賞、国連での演説等彼女の活躍は万人の知る所です。世界を良くしようという情熱を持った少女が、同じ時期に学んでいたことを胸に刻み、今後の糧の1つにして頂きたいと思います。

 さて、日本の近代化における節目の一つは明治維新ですが、その数え方で行くと今年は明治150年となります。明治元年、即ち西暦1868年の頃の世界はどうであったでしょうか。Great Britainの成立は大分前の1707年、アメリカの独立宣言は1776年、続くフランス革命は1789年、等々西欧列強の国家体制は確立していました。ドイツ帝国は1871年に成立しており、明治維新とほぼ同じ時期です。中国は1840年からのアヘン戦争に敗れ、南京条約の辛酸をなめている頃です。ワットの蒸気機関が実用化されてから約100年が経過していて、日本は押し寄せて来た欧米艦船の蒸気機関の迫力に度肝を抜かれはしたものの、この100年の差は日本が全力疾走して追いつけない程大きな質的な差までにはなっていなかったと言えます。しかし、工業力で追いついたかに見えた時期には国家関係の歪みは戦争という最も悲惨な事態を避けることができないまでに悪化していたことは皆さんご存知の通りです。

 敗戦は日本の近代史における2つ目の節目です。戦争に負けたとは言え、権力による抑圧からの解放という大きなプラス面があったため、日本人の意気は決して萎えることなく、「復興の槌音高く」戦後が始まりました。戦争をしない国としてのメリットも生かし、50年間走り続けてきましたが、皆さんが生まれた頃から状況は変わってきました。

 世界規模でも同じことが言えそうです。多くの国々を巻き込んだ戦争への反省から自由貿易を指向した様々な交渉が行われ、グローバル化への大きなうねりが世界を席巻するようになりました。ICTの発達がこの傾向を当初想定した以上の勢いにしたとも言えます。
物流にはともかく国境が存在しますが、ICTは本質的にボーダーレスであり、これと金融がハイブリッドするとたちまち規模が大きくなり、世界へ広がり、扱っている人の金銭感覚は麻痺してしまうかに見えます。最悪の例はリーマンショックですが、1社の倒産が世界経済を狂わせました。現在表面に出ていなくても、法人税率を下げて世界的企業を自国に招いた小国は、国家予算すら1企業の業績・動向に依存する様な事態を招いています。

 富の集中も、自由な経済競争がその限界を超えているのではないかと考えさせられる程極端になってきています。ある統計によると、世界の貧困層の半分の人即ち36億人の資産がトップ8人の資産と同じと言います。あるいは、世界人口の1%の富裕層の人の資産が残り99%の人の資産と同じという報告もあります。今のシステムでは悪いことをしなくてもこうなるのでしょうが、そうだとするとシステムの方がどう考えてもおかしいのではないでしょうか。

 最近は、グローバリズムとは逆の動きも顕著になって来ていることはご存知の通りです。しかし、経済活動がいずれの国でも国内で完結することは有り得ず、形態は様々変化しても、国の内外で資本主義、経済成長という類いのことが、昨日の続きでは考えられない時代に入って来ていることは確かです。今、経済の規模にしても成長の限界にしても地球という惑星のキャパシティを無視できない時代に入っているにも拘らず所謂先進国と途上国の間で簡単には折り合いがつけられない状態です。今後もこの状態は暫くは続くであろうし、その先の状況を見通すことは極めて困難であろうと思います。

 皆さんが生きて行く時代とは、善くも悪しくもこの様な時代、即ち日本の歴史で言えば、明治維新、敗戦後のようなパラダイムシフトが必要な時代と並ぶ節目の時期に来ていると考えなければなりません。
しかも、過去の節目の時には全ての国民が同じ方向に向けて頑張ろうという機運がありましたが、今度は違います。明治時代には「文明開化」、戦後は「民主主義」と皆が素直に受入れることができる合い言葉がありましたが、これからの時代の選択肢は極めて複雑です。

 基本的な考え方が問われる時代、パラダイムシフトが必要な時代に 生きることは大変だろうと思います。先輩がやっていたことを見習えば良いという訳ではなく、皆さん自身で自分自身の価値体系を築いて行く、創り上げて行く必要があります。皆さん一人一人に、一見二律背反的に見える、リーダーになる気概と協働する態度が同時に求められているのです。

 この2つを同時に具現化するためには、あるがままの自分を肯定的に捉え、他の人へ対しても今以上におおらかに受入れる心が必要ではないでしょうか。自分と他人は違っても良い。世の中には実に多くの多種多様な人がいてこそ、人間社会だという心を持つこと、皆一緒に与えられた命をあるがままに共有しようという心持ちようが必要であると考えます。そして、多くの人間以外の命の存在があって初めて人間社会が成り立ち行くことも忘れてはなりません。先にも述べた通り、今や地球という惑星自体の持続可能性を本気で考えなければならない時に来ています。地球そのものに工作をして来たのは人類だけですから、持続可能性についても責任は持たなければならないでしょう。

 皆さんが今後も健全な市民として成長することを期待して、私からの訓辞とします。

平成29年3月22日

長崎県立大学 学長 太田 博道