平成27年度卒業式

第5回(平成27年度) 長崎県立大学卒業式 学長訓辞

平成27年度卒業式

 桜の木々が、寒さの中で培った生命(いのち)の象徴(しるし)を、今にも日の光に現そうとし、爽やかな東風がその躍動を促すように木立を渡る今日の良き日に、平成27年度長崎県立大学卒業式を挙行できますことは、誠に光栄に存じ、また大きな喜びであります。学部を卒業される皆さん、大学院を修了される皆さん、誠におめでとうございます。心から祝福すると共に、皆さんの今日までの努力に深く敬意を表します。また、卒業生の皆さんを今日まで育み、支え、励ましてこられたご家族の方々のお喜びはさぞ大きいものと存じます。心よりお祝い申し上げます。

 長崎県知事 中村法道様、長崎県議会議長 田中愛国様をはじめ多くのご来賓の方々には、ご多用にも関わらずご臨席頂きましたこと、誠に有り難うございました。深く御礼申し上げます。

 今年度は、長崎県立大学生並びに大学院生681名、そして県立長崎シーボルト大学生1名、合わせて682名が学窓を巣立ちます。4年前の入学式で私が言ったことを覚えておいででしょうか。2人の人の言葉を皆さんにお贈りしました。その1つはこれからの皆さんにも当てはまる言葉ですから、改めて申し上げようと思います。ノーベル文学賞受賞者であるバーナード・ショウの言葉です。

「人生とは自分を見つけることではない。人生とは自分を創ることである。」

 皆さんはこれまで長い間この努力を積み重ねてこられましたが、これからも「自分を創る」努力を続けていかなければなりません。そしてその質は大いに違ったものになるでしょう。これまでは基本的には自分自身の力をつけるために様々な努力をしてきました。今後もそれは必要ですが、同時に他の人の役に立つことをやらなければなりません。命を繋いでいくために何から何まで一人でやることはできませんから、お互いに協力して助け合うことは当然のことです。「人の役に立つ」、そのやり方は多くの方法があります。その中で、自分自身で描く将来や希望に合っているもの、自分の好みや秀でた力と調和するものを選びたいと考えますが、どんな選択をしても単純に期待した通りになることは稀でしょう。予想していなかった事態に対処することが必要です。

 皆さんを取り巻く社会は、日本も世界も、そして地球という惑星全体までがこれまでより複雑さを増し、絡み合って動くようになって来ています。各国のリーダー格の人々でさえ複雑に錯綜した問題にどう対処すべきか簡単に方針を決めかねることが少なくない中で、皆さんは周りに起こること一つ一つを様々な観点から懸命に考え、ある判断を下し、必要なあるいは的確な行動をとらなければなりません。このような席でこれまでも申し上げたことがありますが、全体としては人としての叡智が問われる時代を迎えていると言えます。

 第一はエネルギーの問題です。私たちは250年くらい前から化石燃料を大量に使ってきました。最初は石炭、次に石油です。続いて登場したのはそれまでとは全く違う、物質の重さがエネルギーに変わるという原子力です。ウランの核分裂エネルギーは、最初は爆弾として、次に軍艦の動力として使われ、その後日本では50年くらい前に発電所ができ、平和利用ということで歓迎されました。しかし、スリーマイル島、チェルノブイリ、福島の3つの大きな事故を経験し、現在様々な議論があることはご存知の通りです。仮に安全性に関してコンセンサスが得られても、原子力発電に利用される放射性ウランの量にも限りはありますから、永遠のエネルギー源では決して有り得ません。あまり問題にされませんが、石油の10倍も100倍も長持ちするということではなく、せいぜい200年、300年というオーダーです。ヒトを含めて生きとし生けるものは最終的には太陽の恵みだけを頼りにしなければならないのです。命あるものの代表として、ヒトは地球という星の環境、持続可能性に責任を持たなければなりません。物質的豊かさ、精神的豊かさ、人間としての豊かさとは何かを考えなければならない時に来ていると言えます。しかし、現実社会でどう振る舞えば良いのかは、簡単に答えが出る問題でないことは確かですが、様々なことを考え行動していく中で、このことを忘れてならないと思います。

 第2は人と人の争いです。20世紀が暮れなずむ頃、人々は「20世紀は戦争の世紀であったが、1989年のベルリンの壁崩壊と共にその心配は無くなった」と考え、来るべき21世紀に大いに期待したものでした。事実、経済活動がどんどんグローバルになり、国境の意味が次第に薄れています。しかし、その負の側面とも言える経済的格差が、国家間でまた一国の中で広がっています。一方、21世紀の最初の年に起こった9.11同時多発テロ以来、無くなってきている筈の国境を挟んだ国家間の対立はますます混迷の度を増しているかに見え、これに民族の違いが絡まり、さらに同一民族の中でも宗教・宗派の違いがあまりに強調され過ぎて争いが絶えない状態が続いています。

 日本は昨年戦後70年の節目の年を迎えました。70年という長い間、戦争や他国に対する武力の行使を放棄してきた数少ない先進国です。このような混迷の状況においてこそ、いずれの国とも争わずに来た平和国家日本が演ずる役割は大きいのではないかと私自身は考えています。本学の理念の一つに「平和を希求する精神を備えた創造性豊かな人材の育成」が掲げられています。皆さんは、強く平和を希求する長崎県でそして長崎県立大学で学び、平和を考える節目の年に学窓での最後の年を過ごしたのですから、世界の平和に対して日本がどのような貢献していくべきなのかしっかり考え、社会に働きかけて頂きたいと思います。

 第3は心の持ちようです。私は日本が有する内面的な面も非常に大切であると考えます。「寛容のあるいはおおらかな心」が、ボーダーレスに異なる文化同士が接することになる今後、大変大きな意味を持っているのではないかと考えます。今でも戯れに日本の人口は約1億人、日本の宗教人口はその3倍の3億人等と言われます。江戸時代に、ときの権力から厳しく弾圧されたキリスト教信者が県内の多くの島に逃れた時、元の住民から見れば、反権力の異教徒が押し寄せて来たわけですが、ともかく平和裏に住み分けて暮らしてきました。寺院と教会が見える風景で有名な所もあります。このような己と異なるものを受け入れる心のゆとりは人と人が交わる機会が増えるこれから、重要性を増していくであろうし、ゆっくりとではあっても日本から発信していく大切な文化とすべきです。

 皆さんは日本のいろいろな地域から、あるいは外国からここ長崎県へきて4年間あるいはさらに長い間学んできました。この間、皆さんの周りにおられた人は、ほとんどが同世代の人でした。もちろん多くの教職員と接しましたが、立場の違う方でした。これからは社会人の一員として活躍するわけですが、今度は世代を超えた人々が「仲間=co-league」となります。様々な考え方の人、様々な立場の人、あるいは世代の違う人、国籍が異なる人と接し、これまでに無い経験をしていくことになります。そのようなときにも新しいものを正面から受けとめる勇気を持ち、挑戦する気概を高くし、これまでに培った力を存分に発揮して頂きたい。誰かが君たちに何かをしてくれることを期待するのでなく、君たちが社会に対して働きかけていくことを期待しています。

以上をもちまして、私からの訓辞とさせて頂きます。
卒業 おめでとう。

平成28年3月22日                       

長崎県立大学 学長 太田 博道