平成25年度卒業式

第3回(平成25年度) 長崎県立大学卒業式 学長訓辞

平成25年度卒業式

 本日ここに、平成25年度長崎県立大学卒業式を挙行できますことは、誠に光栄に存じ、また大きな喜びであります。卒業される皆さん、大学院を修了される皆さん、誠におめでとうございます。また、卒業生の皆さんを今日まで育み、支え、励ましてこられたご家族の方々のお喜びはさぞ大きいものと存じます。心よりお祝い申し上げます。

 今年度は、長崎県立大学生並びに大学院生690名、そして旧長崎県立大学および県立長崎シーボルト大学生6名、合わせて696名が卒業いたします。

 皆さんは、これまでに様々なことを学んできました。これからも学び続けなければなりませんが、これからはさらに、学んだことを活用して、価値をつくり出して行くことも求められます。そのことによって皆さんは対価を得ることができるわけです。

 価値をつくり出すとは、ある特定の人に対しての価値である場合もあるでしょう。例えば看護という行為は目の前にいる人に対して価値のあるサービスを提供することになります。学校給食の献立をつくるのであれば、大勢の子供達に価値のあるサービスを提供することになります。あるいは、企業の営業分野で働くことになれば、その企業が提供するサービスに価値を見いだす人や組織を見つけることが仕事になります。製造業であれば、そのものを必要としている人を見つけた時点でつくった人との協力によって価値を生み出したことになります。いずれにせよ、喜んで対価を払っても良いと考える人がいてはじめて価値を創造したことになるのです。これは、簡単なことではありません。また、先輩の言う通りにだけやっていたのでは、面白くないかもしれません。多くの場合、自分なりに工夫をしながら一生懸命全力でことにあたって初めて面白いと感ずることができると思います。

 私自身、有機化学の研究者としてスタートし、次第にバイオテクノロジーを取り込む工夫をしてきました。教育にも携わるようになり、やがて大学の運営に時間を割くようになりました。そのときには、「雑草という名の草はない、雑用という名の仕事はない」という言葉を自分自身に言い聞かせました。これは、自分のやるべきこととして、何事にも懸命に取り組めば、全てに「意味」があるということです。現在は、研究者としてのアクティビティはゼロですが、今の学長という仕事に一生懸命取り組んでいます。皆さんも仕事をするとき「つまらない」と感ずることがあったときには、「雑草という名の草はない」という言葉を思い出し、全力でやってみて下さい。次第にその仕事の面白みが分かってくると思います。そうなれば、自分なりの工夫もできるでしょう。

 ある社会で生きていくということは、その社会がもつ固有の文化の中で生きていくということです。文化とはかなりファジーな漠然とした言葉ですが、イギリスの文化人類学者エドワード・タイラーの次のような定義が広く受け入れられているようです。即ち「知識、信仰、芸術、道徳、法律、慣行、その他、人が社会の成員として獲得した能力や習慣を含むところの複合された総体のことである」。文化というものは、生き物の中で人間だけが持つものです。この二文字のなかにそのことが凝縮されているように思います。どういうことかというと、文化とは、文が化けると書きます。芸術は文字だけで表現されるだけではないかもしれませんが、他のものは文章化して次の世代にも伝えることができるものです。文章にしなくても言葉や習慣で伝えることの方が多いかもしれませんが、最終的には文章で伝えることが可能です。文章が文字の羅列から全く違った意味合いを持った場合に文化となるわけです。したがって、文字や言葉で意志を通じ合える人間だけが持つことができるわけです。

 日本には、他の国と同様、誇って良い様々な文化があります。清潔な街、時間を守る几帳面さ、礼儀正しさ、話までする自動販売機をつくる思いやりの心、治安の良さ、このようなものも全て日本の文化と言って良いと思います。「治安の良さ」は文化とは言えないのではないかと考える人もいるかもしれません。しかし、これは警察の努力だけではなく、国民一人一人の心によるもの、あるいは気持ちの持ち様による面も大きいと思います。農耕民族として発展してきた日本では、協力して物事にあたる心、争いを避ける気持ちが育まれてきた結果かもしれません。次第に増加する人口で地球上に人が溢れるばかりになってきた今日、このような心は極めて大切だと考えます。譲り合い、足ることを知る精神を持たないと今後暮らしやすい社会をつくることは難しいのではないでしょうか。

 cultureという英語に「文化」という言葉を当てたのは坪内逍遥とされています。cultureという英語には、「文化」や「文明」という以外の意味があります。それは、「土地を耕す」とか「微生物を培養する」という意味です。即ち、文化とは既にあるものだけではなく、社会あるいは人々が育んでいくものであるわけです。その社会、組織、国民が持っている優れた文化を継承し、さらに良いものに育てていくことまでも、文化という概念は含んでいるのです。

 これからの皆さんの時代は、ICT(情報通信技術)の発達と交通手段の発達にともなって、世界中で人と人が接する機会は多くなるでしょう。あるいは接するというような穏やかな表現は相応しくないケースも後を絶たないのが現状という方が当たっているかもしれません。このような状況で、先にあげた日本が誇っても良い文化を大切にし、ぎくしゃくした感が否めない人類を明るくしていくことも皆さんの役割ではないかと思います。大学あるいは大学院を祝福されて巣立つことは大変おめでたいことであることは論を待ちませんが、同時にこれまで以上の大きな責任を負って生きていく出発の日でもあることも肝に命じて頂きたいと思います。
 最後に学歌にあるように、「夢を追う者」として、大学キャンパスから社会へ、また今日から明日の時代へと飛び発ち、「天を翔る」ことを心から期待しております。

 最後になりますが、長崎県知事 中村法道様、長崎県議会議長 渡辺敏勝様、長与町長 吉田愼一様をはじめ多くのご来賓の方々には、ご多用にも関わらずご臨席頂きましたこと、誠に有り難うございました。心から御礼申し上げます。

 以上をもちまして、私からの訓辞とさせて頂きます。
 卒業 おめでとう。

平成26年3月19日                     

長崎県立大学 学長 太田 博道