考えても仕方ないことは考えない

2012.05.11

世の中には、考える意味のあること、考えても考えなくてもどうでも良さそうなこと、むしろ考えるのは止めた方が良いこと等いろいろある。多くは、「考えても考えなくてもどうでも良さそうなこと」になりそうな気がするが、考えているときに楽しければ、ばかばかしいとは言えないかもしれない。一番いけないのは、考えても仕方ないことを考えて悩むことである。このことに気がついて意識的に避けるようになると人生の悩みが減り、思考がポジティブになる。

同じ状況下でも、どう考えるかでその後の展開が違ってくる。例えば、ある特定の異性が好きになったとする。「どうやって、二人だけの時間をつくろうか」と作戦を考えることは大いに意味がある。しかし、チャンスが巡ってきたときに、「デートに誘って断られたらショックだな、ウーン、どうしよう」と考えることは意味が無い。「ウーン、どうしよう」では、どうにもならない。「断られたって、たいしたことない、ともかくやってみるか」で次の展開が期待できる。「断られたら、どうしよう」から、次の作戦を考える方向へ転換できれば、成功の可能性は大きくなる。「ともかくやってみる」、よりは上かもしれない。

「もうすぐ試験だ、単位がとれなかったらどうしよう」、これもどんなに考えても意味が無い。最悪、留年するしかない。したがって100回となえてみても意味が無い。合格するために、どんな風に勉強すれば良いか、だけを考えれば良い。

こんな単純なことに関しても、問題解決の方向へ逞しく考えを進めるタイプとグジュグジュ意味も無く考える人がいる。考え始めたときや、思い悩んだときに、一歩引いて第三者的な冷静な目で自分が今どういう状態にあるか観察してみることは極めて重要である。ともかく考えるときは積極的方向を向いているかどうかが鍵である。

 「考えても考えなくてもどうでも良さそうなこと」は沢山ある。この類いのことは、ひと休みあるいは気分転換かもしれない。「イチローは、今年200本に届くだろうか?」、「何故、女子サッカーチームはなでしこジャパンで、男子はザックジャパンなのだろうか?」等々。

最後に、チョッピリサイエンス。昆虫記で有名なファーブルは、目・耳・鼻・口を次々に抑え、「太陽の光を感じているのは目だ」と、納得したそうだ。この手のことは、科学の出発点となる。