謹賀新年

2013.01.07

新年、明けましておめでとうございます

新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくご愛読の程、お願い致します。
 元日は、春分や秋分のように太陽の動きとリンクして必然的に決まる日ではない。立春のように、例えば八十八夜や二百十日の起点になっている日でもない。学校の年度が変わる日でも、もちろんない。しかし、ともかく1年の最初の日で、心身共に何となくきりっとした感じになる。皆様も良いお正月をお迎えのことと思います。

今年の元日は、妻と共に初めて京都で迎えた。特定のお寺や神社をお参りしたいというわけではなく、ホテルのロケーションと市バス料金均一区間乗り放題1日500円の有効利用を考えて、一旦郊外へ出た後、金閣寺から嵐山方面を散策した。どう考えても高級な発想とは言い難いが、致し方ない。

「金閣寺」は、お寺のホントの名前ではなく、鹿苑寺の舎利殿が金閣であるが、通称の方がはるかに有名である。金閣寺はけばけばしくて、銀閣寺の方を好む人も少なくないが、朝日に映える黄金色の壁はやはり見事で美しい。(写真1)
 金閣寺を出て、右に歩くと「きぬかけの路」と称して、龍安寺をへて仁和寺へと導いてくれる。その入り口ともいうべきところにF庵という名の甘いもの屋さんがある。妻と2人なので入ることになる。何を注文すべきか迷ったあげく「お抹茶セット」という、自分としては空前絶後のものにした。「いかにも京都風だな、そしてお正月風でもあるな、我ながらセンスのある注文だ!」と、悦に入って待つことしばし、運ばれてきたものを見て、「ウーン、これで600円か」と、にわかに現実的になる。「これではいかん」と思い直し、京都風のわらび餅とお茶を味わって、きぬかけの路を歩き始める。

先ず拝観したのが龍安寺、石庭であまりにも有名である。白い小さな砂利だけの庭に、大小15個の岩が配置してある。(写真2)こういう所では、皆さん縁側に座り、静かにしている。「そうだよね、ここでは瞑想に耽らなければならない」と、空きスペースを見つけて「ウーン、我思う故に我ありだな」と、意味もなくつぶやいてみる。「人間は考える葦である、との関係は如何なるものか?」等とさらに追求してみて、「これを考えていては次へ行けない」という重大なことに気づき、静かに立ち上がり、納得した振りをして奥へ進む。こういう所では、落ち着いてゆっくり行動することが肝心である。茶室の入り口付近に、有名な「吾唯知足」のつくばいがある(写真3)。決して、何か足りない等とアタフタしてはいけないのだ。

龍安寺の次は仁和寺だ。兼好法師の徒然草の中で、「仁和寺にある法師、年よるまで岩清水を拝まざりければ、、、。すこしのことにも、先達はあらまほしきことなり」と小馬鹿にしたような書き方をされたお坊さんのお寺である。御室桜でも名高い。花の季節はさぞかし美しいだろうと、想像しつつ金堂へ歩を進める。「仏陀の声」が聞けると説明にはあったが、残念ながら俗人には無理である。

仁和寺からはバスで嵐山へ出て、天龍寺を参観し、北門から竹林で有名な嵯峨野を経て(写真4)、御所近くのホテルへ戻った。幸い晴天にも恵まれ、心洗われる散策であった。

金閣寺の写真 龍安寺石庭の写真
1. 金閣寺 2. 龍安寺石庭
「吾唯知足」のつくばいの写真 天龍寺北門外の竹林の写真
3. 「吾唯知足」のつくばい 4. 天龍寺北門外の竹林