お酒の話、その2

2013.02.05

年初めの賀詞交換会、新年会に幾つか参加して、意外な方から「お酒の話、その2」がなかなか出ませんね、と言われ、読んで頂いていると知り、大変嬉しく思いました。満を持してのお酒の話第2弾です。

「なかなかに人とあらずは酒壺に なりにてしかも酒に染みなむ」(大伴旅人)、「とろとろと琥珀の清水 津の国の銘酒白鶴瓶溢れ出ず」、「白玉の歯に滲みとおる秋の夜の 酒は静かに飲むべかりけり」(若山牧水)、古今お酒の讃歌は限りない。

昨年11月15日以来、2ヶ月を経て、日本酒について書いてみたい。アルコール飲料のなかで、日本酒および紹興酒の製造法は、ワインやビールより複雑である。なぜなら、2種類の異なる微生物を使い分けなければならないからである。日本酒の方で話を進めよう。

日本酒の原料はお米である。お米はデンプン(ブドウ糖が沢山つながった構造)の固まりであって、前回述べたようにブドウ糖からエタノールをつくる酵母は、これに作用できない。したがって、デンプンをブドウ糖に変える工程が必要である。この工程を担うのも微生物で、麹カビである。このカビが作用しやすくするための準備段階として、お米を蒸す。この過程で米に付着している雑菌を滅菌することができる。カビの生育には十分な酸素が必要であり、酵母の増殖には多くの酸素は必要ない。この根本的違いを利用して、両者の生育のための条件を巧みにコントロールして、2種類の発酵を段階的に行う。室町時代に現在の製造法が確立された。その時代の人に「微生物」というものの概念・知識はかけら程もない。全て経験でベストの方法を確立したのである。

酵母は、悲しい運命をもっている微生物で、自分自身が作り出すエタノールの濃度があるレベルに達すると死滅してしまう。したがって、発酵でつくる飲料のアルコール濃度には上限がある。日本酒のアルコール度数はこの値である。

発酵では、ブドウ糖がエタノールに変化する以外にも様々な化学反応が同時に起こる。したがって、使う原料が異なればお酒の味が違ってくる。米粒の表面に近い部分と中心付近では成分に違いがある。表面を削り、中心部に近い部分を原料とすると、吟醸酒や大吟醸ができる。

もっと、原料を大胆に変えれば、製品の味は違ってくる。デンプン源として、サツマイモや麦を使ってできるお酒は一般にはそのままでは飲まない。できたものを蒸留すれると焼酎ができる。

最後に,酔い覚ましにサイエンス。ブドウからワインができるのは、酵母の作用であることをフランスのパスツールが確立した。さらにドイツのブフナーが生きている酵母ではなく、酵母をすりつぶしてできる液でも発酵が起こることを見つけた(1907年にノーベル化学賞)。即ち、酵母菌体内の酵素が活性を失わなければ、「生命力」が無くても、ブドウ糖がエタノールと炭酸ガスになることを発見したのだ。これが生化学という学問の夜明けで、19世紀末から20世紀初頭にかけてのことである。生命現象が、化学反応式で語られるようになってきた。日本では、清酒製造の際に起こる「火落ち現象」の研究に端を発して、約50年後の1956年に田村学造教授が、火落酸を発見している。面白いことに、洋の東西の研究は全く別々であるが、発端は両方とも110年くらい前の話である。
 ついでにもう少し。田村教授が火落酸を発見した頃、欧州でも別の起源から同じ化合物が発見された。こちらは「ジバロン酸」と命名された。後にもう少し化学的な名称の「メバロン酸」に統一された。この化合物は、コレステロールやメントール等の生体物質の生合成の出発物質となっている非常に重要な化合物である。メバロン酸の生合成経路を阻害する化合物は血中コレステロール濃度を下げる重要な薬である。