彼岸の頃

2018.03.20

 「毎年よ、彼岸の入りに寒いのは」、これは正岡子規の句であるが、「母の詩、自ら 句となりて」と子規自身が言うように、生前の母の口癖がそのまま句になったと言う。一方、「暑さ寒さも彼岸まで」と言う慣用句も皆さんご存知の通りである。こちらは彼岸の頃には暖かくなっていなければならない。「二度あることは、三度ある」も「三度目の正直」も両方有りと同じことか。あまり角を立てることもなく、何れにせよ本格的な春の訪れだ。
 今年の冬は、北日本・北陸では大きな被害があり、「大変だった」という月並みな言葉で表されるようなものではなかったが、全国的に見ても例年より冷え込む日が多かった。一方で地球温暖化、他方で例年にない寒さと、気候はそれほど単純ではない。冬季五輪でも、スキーやスノーボード等屋外競技では、厳寒の中でのコンディション調整が大変であったようだ。
 私はこの冬に3, 4回長崎—羽田を往復することがあったが、幸いにして雪の影響によるダイヤの乱れには合わなかった。この間、「寒さ、何するものぞ!」とカラ元気を出し、出歩いていたので色々な所で雪を見ることができた。前にも書いた通り、新潟育ちの私は雪に親近感をもち、故郷への思いに繋がる。
 雪に親しみを感ずるといっても、「これはイケマセン」というのが、写真1。雪があるとゴルフ場はお手上げだ。芝生の上をボールが転がってこそゴルフができる。雨ならなんとかなるが、ボールにスキーを履かせる訳にはいかない。第一、飛んだボールが見つからない。高校や大学の時からの友人とのゴルフは残念ながらキャンセル。やる機会が多くはないので誠に残念!写真2は東京新宿の公園の雪。例年なら降っても1日で消えるのに、今年は気温が低くなかなかとけない。特に人が踏まない公園では長いこと雪景色を楽しめたようだ。写真3はその公園にあった像。「七重八重、花は咲けども山吹の みの一つだに なきぞ悲しき」の場面であるらしい。写真4は川崎の我が家(マンション)のベランダからの富士山。冬は美しい。沈みゆく夕日が次第に左から右へ移動し、富士の肩にかかる頃は春の訪れである。写真5は佐世保の家から大学までの途中の景色。もう少し積もれば、見慣れた田園の風景も一変するだろう。

1.雪で閉鎖のゴルフ場

2.東京・新宿の公園

3.みの一つだになきぞ悲しき

4.富士山遠望

5.佐世保、雪の田園風景