冬季オリンピック、パラリンピック

2018.02.21

 今年は、冬季オリンピック、パラリンピックの年。韓国の平昌(ピョンチャン)で開催された。私自身が楽しむウィンタースポーツはスキーなので、どうしても興味はそちらにいく。しかし、日本のアルペンスキー(アルプスのスキー=斜面の定められたコースを滑り降りるスピードを競う。曲がるときにできるだけ減速しないようにするのが勝敗を分ける)の選手にはメダルに手が届きそうな人はなかなか現れない。どうしてそうなるのか全く分からないが、ノルディック種目(ノルウェーのスキー=スピードを競うクロスカントリーと、ジャンプ。クロスカントリーは基本平坦地で行われるが、アップダウンもある。こちらの方が陸上競技に近いと言える)では、メダルをいくつも取っている。今回も期待のかかっている選手が少なくなかったが、私自身は二人に注目。
 一人は葛西紀明選手。実に1972年生まれの45歳、イチローの1年先輩、三浦知良の5年後輩だ。19歳で初出場以来、連続8回目のオリンピック出場という。45 – 19 = 26、ン?何故8回目のオリンピック?となるが、実は1992年のアルベールビル五輪の次から「偶数だけど4で割り切れない年」となり、次のリレハンメル五輪は1994年に開催されている。今回のオリンピック選手に選ばれたとき「出場するだけでは不満」と言っていたが、残念ながら団体も合わせて入賞まではいかなかった。しかし、十分「出場するだけでは」ではなかった健闘を讃えたい。
 もう一人は髙梨沙羅選手。彼女は、直前のシーズンまでワールドカップで圧倒的強さを示し、前回ソチ五輪では金メダル間違いなしと期待されていたのに、4位に沈んで悔し涙にくれた。
 その髙梨選手の写真展を東京駅付近でたまたま見る機会があった。飛び出しから着地まで動画を見て腕時計で時間を測ってみると、相当いい加減な計測であるが約5秒であった。これで100m(踏切台の先端から着地点の足の位置までの距離)飛ぶと(実際には直線で飛ぶ訳ではないが)、時速約72㎞となる。これが「鳥になった気分でとても楽しく」幼少の頃からジャンプに親しんだという。信じ難いことをこともなげに言う人だ!彼女が使ったスキー板も展示してあった。私が手を伸ばしても先端まで届かない。長さは2m20〜30㎝くらいであろうか。幅も滑走用のものよりはるかに広く、要するに曲がりにくく、揚力を得やすいようにできている。空中でこの板の角度を何度にするかで飛距離は違って来るのであろう。
 今回の髙梨選手は、前回とは逆にワールドカップでの優勝がないまま、しかし順位だけで判断すれば徐々に調子を上げながら迎えたオリンピックであり、期するものがあったろう。結果はご存知の通り銅メダル。ここで思い出されるのが、オリンピックに関する名言のトップクラス「なんで一段一段なんだろう」だ。1998年、髙梨選手が生まれて1年半後くらいの長野オリンピックに18歳でデビューして7位入賞、その後1回ごとに一つずつ順位を上げてきたモーグルの上村愛子選手が、4回目の参加で4位になった時の言葉だ。彼女がもう1度奮起してと臨んだ14年のソチ五輪でも4位であった。1歳若く初参加の髙梨選手も同じ4位。奇しくも、上村選手からバトンを引き継いだように今年1段登って銅メダル。4年後、8年後、イエイエ飛び級でも、「さら」に上へ登って欲しい。名前も「沙羅」なのだし、、、。

東京駅

鳥になった髙梨沙羅選手

スキー板

※髙梨選手とスキー板の写真は主催者の許可を得て、筆者が撮影したもの