年の終わり

2017.12.25

 今年も残り僅かになってきた。1月1日から12月31日までという期間は日常生活の区切りの時間とはなっていないが、初めと終わりという感じは、4月1日から3月31日までより強い。
 地球ができた時を1月1日午前0時、現在を12月31日の日付変わる瞬間とするカレンダーを地球カレンダーという(インターネットで簡単に検索できる)。即ち、地球の誕生(46億年前)から今までを1年に短縮すると、いつ頃何があったかを示すカレンダーである。それによると12月25日は恐竜が全盛期であった。随分前のことと考えている人もおられるであろうが、地球の歴史という長い時間軸で見ると、現在から6日前のことなのだ。詳しいことはインターネットで見ていただくとして、主な事象をいくつか挙げると、生命体が誕生したのは3月29日(35億年前)、コケなどの植物や両生類が海から陸上へ進出してきたのは11月末(4億年前)、大晦日に霊長類の祖先が誕生しているが、これは現在の人類の直接の祖先ではない。現生人類(ホモ・サピエンス)が誕生したのは20万年前、午後11時37分である!人類が農業を始めたのは約1万年前=午後11時58分52秒、そして産業革命は約250年前で午後11時59分58秒の出来事である。人類はこの出来事からわずか2秒の間に、生命体の存在し得る「奇跡の惑星」地球の持続可能性を真剣に議論しなければならない状態にしたことになる。
 この壮大な時間軸の中で自身のことを語ることはあまりにバランスが悪いが、私にとって今年は区切りの年(という程の実感はないが)であった。後期高齢者に仲間入りした年である。誕生日が来るとその瞬間に仲間入りだ。次の年の3月31日までは従来通りということはなく、「待ったなし」だ。と言っても特別なことをやるわけでもなく、翌朝になっても「陽はまた昇る」ことに変わりない。
 とはいえ、いつもの年とはチョット違う気持ちであったのは、今年も参加した長崎ベイサイドマラソン(ハーフ:21 km 98 m)。私にとっては、「後期高齢者」になった直後の記念大会であった。昨年、制限時間(2時間半)ギリギリであったので、今年は完走できるかどうかかなり心配ではあった。心配しても何か特別なことをやって備えることができるわけではない。できるだけ歩く機会を増やし、ジョギングをやり、淡々とその日を迎える以外にやるすべはない。要するに、「完走できるかどうか」心配することはまるで意味がない。
 当日、はともかく他のランナーは気にせず、自分のペースを守って走るだけである。最悪1キロ7分のペースをキープすれば、最後の1キロ余のために10分あることになる。実際には女神大橋への登りというフツーのマラソンコースには有り得ない登りがあるので、そこは歩くとしたら、もう少し余裕が欲しい。スタートは意外とスムースで、私がスタートラインを通過したのはピストルが鳴ってから約2分後であった。その後は、距離の表示がある度に時計を眺め、「これなら大丈夫、これなら大丈夫」と確かめつつ、言い聞かせつつ、やっと女神大橋の上を走り始めた時は嬉しかった。ここまで来ればもう大丈夫という感じである。足の筋肉がちょっとピクピク痙攣しかけたが、騙し騙し走ったり、歩いたりで水辺の森公園に帰り着いた。皆が見ているゴール直前だけはカッコ良く走ろうと考え、その直前で一休み。時計を見ると2時間19分過ぎ。ならば20分を切ろうと、「カッコ良く」を「一生懸命」に切り替えてめでたくゴール!後で記録証を見ると、タイムは2時間19分59秒であった。最後の50メートル位であるが、「一生懸命」の効果があったと言える。何事も一生懸命やることは大切である。

暮れの佐世保市街地(本文とは無関係)