ねむの木

2017.08.25

 7月25日に続いて「ねむの木」のお話。今回は「ネムノ木」や「合歓の木」であってはならず、「ねむの木」でなければならない。1968年に宮城まり子が設立した「ねむの木学園」のイメージと合うものでなければならない。「眠れよいこよ」とも気持ちを同じにしなければならないストーリーなので「合歓の木」では有り得ない。カナリヤが歌う「ねんねこ、ねんねこ、ねんねこよ」の揺りかごがぶら下がったら絵になる「ねむの木」であって欲しい。

 「ねむの木」は日が暮れると葉を閉じる(写真1)。これをサイエンスの世界では「就眠運動」という。葉が眠ると見做す訳だ。太陽光が照射しないとき葉を開いていても炭酸同化作用はできないので、水分の蒸発を防ぐためには葉を閉じている方が合理的である。この動作が「眠る」とイメージされ「ねむの木」という名になったと推定できる。マメ科植物の特徴である。
 何故、日が暮れると葉を閉じ、夜明けとともに開くのか?簡単に考えられる可能性は2つ:光を感ずるか、「体内時計」にセットされていて、ある時設定されたらそのプログラムに従うのか。答えは既に明らかになっていると思われるが、文献を探すのは面倒なので「実験」してみることにした。
 家から「ねむの木」がある所までは歩いて15分くらいで、そう遠くない。この「ねむの木」は道路よりだいぶ下がった地面から生えているので、道路から花や葉は目の前になる。この葉に懐中電灯の光(LEDで相当明るい)を10分くらい照射してみた。サーと葉が開くことを期待していたのだが、残念ながらそうはいかなかった(写真2)。もう30分くらい粘ってみるか、とも考えた。しかし、道端の「ねむの木」を懐中電灯で照らしているTシャツ・ジャージーのオッサンを客観的且つ冷静にイメージしてみると、これは相当ヤバイのではないか。もしパトロールの警察官にみられた場合、こちらの事情説明を納得してもらえるとは考え難い。所持品は懐中電灯、小型デジカメ、家の鍵だけ。身分証明証はない。「ここは、退却の勇気を持つべき」と考え、実験継続を断念した。「ねむの木」も迷惑なオッサンが退散してホッとしたことだろう。

照射前(フラッシュ使用)(写真1) 10分光照射後(写真2)

 いつも花の名前を教えてもらっているM²博士(イニシャルがM. Mの友人)にこの2枚の写真を送り、有意の差ありやと尋ねた。「ウーン、残念ながらそうとは言い難い。第一、10分程度の照射時間で葉が開くほど反応が早いか疑問である」という「審査結果」であった。科学ジャーナルなら「掲載不可」である。幸いにして、このコラムは「科学コラム」ではないので、掲載が許される訳だ。
 警察官に怪しまれずに「10分では短いのでは」という疑問に応えるために、明け方に葉の動きを観察することにした。7月1日の早朝、前の晩お酒が過ぎて喉の渇きを感じて起きたのを幸い、4時半から1時間くらい木のそばを散歩した。この日の佐世保の日の出は5時15分。写真は4時半から30分おきに5時半までのものであるが、日の出を挟んでも1時間で完全に開く訳ではないことが分かった。最後の写真は、こちらも一寝入りした後に撮った、9時半頃のものである。

4:30

5:00

5:30

9:30