学歌

2017.06.25

 新しい年度になって早くも3ヶ月が過ぎようとしている。年度末、年度始めの慌ただしさが昨日のように思われるが、時間の経つのは早い。区切りの時期の卒業式で一つ残念に思うことがある。式の始まりに全員で学歌(=大学の歌、校歌の方が一般的かもしれないが大学の歌だから「学歌」という方が正解の感じ)を歌うのであるが、卒業生の口が必ずしも全部は動いていない。あまり歌う機会がないまま学窓を去る訳だ。県内の某私立大学の先生に訊いてみたら、そこでも同じ悩みがあるとのこと。
 私が学長になって間もない頃、企業で責任ある立場になったことがある人の経験談を学生に話して貰おうという授業があった。当時まだ長崎県内に今ほど知り合いはいなかったので、東京在住の何人かの友人に佐世保へ来てもらった。その中にたまたま合唱を趣味(以上かもしれない。お金をとって発表会をやっているのだから)とする者が二人いて、「お前の大学の歌はとても良い、学生が歌えないなら俺たちが指導してやる」と言って、ホントに授業の後で歌って見せた。皆様も、本学ホームページの「大学案内」の下の方にある「学章・学歌」から→「学歌」と順にクリックすれば聴くことができるので是非ご確認頂きたい。
 本学の学歌の1番・2番には、「長崎県立大学」という大学名は出てこない。間奏を挟んでエピローグに出てくるだけで、その部分も淡々と「長崎県立大学」と歌うだけ。「誇らしい」とか「我が母校」とか、良く現れるキーワードとコンビなっている訳ではない。また歌詞全体も一貫して「青春讃歌」、「人生讃歌」であり、長崎県をイメージさせる地名や自然描写は一切無い。類稀な高貴な歌ではないかと、自画自賛で恐縮ではあるが、心からそう思うのである。
 では、他の学校のものはどうか。まず私が卒業した小・中・高校。全て新潟市内の公立(市立、国立、県立)校である。これらにも学校名は出てこない。しかし、歌詞には「信濃川」、「阿賀野川」、「弥彦山」、「飯豊山(いいでさん)」、「海」、「雪」等、新潟市をイメージさせる言葉が散りばめられている。
 他大学はどうか?大学1、2年生の時に友人とよく行った神宮球場で聞いた歌を例としたい。学生席か外野で東京6大学野球を応援もしくは観戦した。当時、神宮球場の外野は芝のスロープで、東大戦はがら空きなので、大変くつろげる。応援席よりノンビリできるので、「たまには」と、友人たちとミニ応援団をつくった。6大学とも例外なく大学の名前が歌詞に入っている。東大には「校歌」は無い。他大学とエール交換をやる時に校歌の替わりに歌われる応援歌は「ただ一つ」という歌であるが、1番・2番とも「東大」の名前が2回出てくる。最も多いのはW大学。少ないのはM大学である。
 最後に旧制高等学校の寮歌はどうか。有名な北大予科の寮歌、私の出身地の旧制新潟高等学校寮歌、そして九州代表として七校寮歌、いずれにも校名は登場しない。青春とその地の美しさを謳いあげている。曰く「星影冴かに光れる北」、「樹氷咲く」、「青海波」、「佐渡が島霞」、「北辰斜にさす」、「火を噴く桜島」等々。
 再び本学の学歌について。青春謳歌、人生への想い、誓い等の視座から、我が学歌は旧制高校の寮歌に最も近い。その上、「地域性」をも削ぎ落とし、ひたすら「青春・人生」を謳うという意味で、これは類稀な名曲と確信できる。
 最後にさせぼ夢大学で教わったSamuel Ullmanの「Youth:青春」という詩をご紹介しよう。「Youth is not a time of life—it is a state of mind」(青春とは人生のある時期ではなく、心の持ちようだ)と彼は言う。人を信じ、自信を持ち、希望を失わなければ、人生を通して青春時代を謳歌していることになる(「ウルマン 青春」で全文、日本語訳を検索できる)。