地球と似た惑星

2017.05.10

 最近、太陽系からそれ程遠くない宇宙に、太陽に似た恒星(自身でエネルギーを発する星)があり、その周りを7つの惑星が回っていることが発見されて関心を集めている。その恒星の名前はTrappist 1という。名称の由来が修道僧とどういう関係あるのか私は知らない。「それ程遠くない宇宙」と言っても、我々は宇宙のことを考える時は極めて簡単に距離の感覚を日常型から宇宙型に変換できる特技を有する。距離としては39光年である。1光年とは、光の速度(1秒で地球を7.5周する)で1年かかる距離である。ちなみに地球から太陽までの距離は光の速さで8分19秒である。したがって、39光年の距離は太陽までの距離の約246万倍、月までの距離の9億5774万倍である。こんな風に表すとあまり近い感じはしない。
 その惑星の表面の温度だけから考えれば、液体の水があってもおかしくないという。水があるかどうか、どうやって知ることができるのか?Trappist 1の表面から放射される光を観察することにより判断できるという。惑星の存在もこの光の変化を基に判断している。地球とTrappist 1の間をこれらの惑星が通過する時は信号となる光がわずかに変化するのでそのデータから少なくとも7個の惑星があるという結論が導かれた。表面に水がある場合と無い場合では、この変化が微妙に違うらしい。その違いを、宇宙にあげた衛星を使って検知する。地表からでは、大気中の水蒸気が邪魔をするので観測できない。
 話はそうなのだが、考えてみれば39年前に特定の恒星から発せられた光の強度か何かの変化を測定するとは気が遠くなるような話だ。どうやったらできるのか見当もつかない。10年一昔という言葉がある。この感覚で言えば、39年は「昔々のその昔」で、椎木林のすぐそばにあった小さなお山が禿山で、まだ杉の子が目覚めていない時のことである。歌(お山の杉の子)をご存じない方には意味不明であろうが、お許しあれ。あるいはもっとハイクラスの詩で言えば「松の枝の向うから宴席の盃を照らす月光」と同じと言えるかもしれない。土井晩翠は「今いずこ」と行方の探索を諦めている。したがって、詩になると言えようか。そんな光の僅かな変化を観測しようというのだから、現代の科学はホントに凄い!
 蛇足ながら、水について一言コメントさせて頂く。水は極めて特異な性質を有する化学物質であり、水の有無は生命体の存在の可能性と結びつく。「水兵リーベ僕の船」が何を意味するかご存知の方もおられるだろう(今回は、意味不明が多くてスミマセン)。元素を重さの順に並べたときの最初の10種の順を語呂合わせで表したものである。元素記号では以下のようになる:H, He, Li, Be, B, C, N, O, F, Ne。これらのうち、水素と結合して空気中で比較的安定な化合物をつくるものはC, N, O, Fである。その化合物の性質を紹介すると以下のようになる。CH₄(メタン): 融点, マイナス182.5 °C; 沸点, マイナス161.6 °C、NH₃(アンモニア): 融点, マイナス77.7 °C; 沸点, マイナス33.3 °C、H₂O(水): 融点, 0 °C; 沸点, 100 °C、HF(フッ化水素): 融点, マイナス83.6 °C; 沸点, 19.5 °C。Li, Be, Bと水素が結合した化合物は空気中の水分とすぐ反応するので、空気中では取り扱えない。HeとNeは水素と化合物をつくらない。これらの融点と沸点から判るように水は他の化合物と比べて、沸点が非常に高く、また液体で存在し得る温度範囲が広い。この水の性質こそ生命の誕生に必須である。生命に必要な化学物質が、岩や地表にへばりついていたのでは出会うチャンスがないが、海に溶けて存在してこそ出会い、反応してより複雑な化合物を作り得る。こうして最初の生命は海中で誕生したのだ。したがって、Trappist 1の惑星表面に水が存在するかどうかに関心が寄せられることになる。もちろん、水があるということが直ちに生命体の存在に結びつく訳ではなく、「可能性がある」ということである。