バンコク訪問

2017.4.10

 体が動くうちにいろいろな所を見ておこうと、まとまった休暇が取れる機会には、妻と出かけることが多い。昨年の年末からの休みにはタイ王国の首都バンコクを訪れた。本学の一部の学生は海外で企業インターンシップを行うが、そのフィールドの候補にバンコクも加わったので、学生が行く前にどんな所か見ておきたいとも思った。市内のホテルを拠点に王宮や寺院を観光し、また街中をブラブラしたり、プールで泳いだりして体重増加に気を配るノンビリ観光であった。

 何となく持っていたイメージよりはるかに大都会である。高層ビルが林立している、その側に「ゴチャゴチャ」とした店が並んでいるのは、アジアの発展途上国共通である。鉄道を利用しての移動も日本の都会程ではないにしても、これまで知っている東南アジアの街では一番便利であろう。ガイドさんの話しによると長距離便も1日1本は無料の列車があるとか。我々も何故か1回だけであるが無料で電車に乗れた。切符は自動販売機で買うのだが、紙幣は使えない。それに気がつかず、紙幣片手にどこに入れるのだろうとマゴマゴしていたら、駅員さんが来て「どこへ行きたいのか」訊ねてくる。行きたい場所を指差すと何やら機械を操作し、必要な切符2枚を手渡してくれた。慣れない旅行者に説明するのも面倒だし、モタモタされるよりは1人28バーツ(〜100円)くらいサービスしちゃえということだったのだろうか。
 街中は光で溢れている。それでも昨年10月に全ての国民が敬愛する王、ラーマ9世(プーモポン・アドウンヤデート王)が崩御されたので、大晦日の花火は中止。人々が着ているものは黒が多く、腕に黒い紋章を付けている人も多い。街の至る所に王の写真が飾られ、英語表記が添えられているものには「Our King, Our Father, Forever in our Mind」と惜別の言葉が書いてある。黄金の礼服で威儀を正した写真に混じって、ラフな背広に首からカメラをぶら下げた写真や、一般国民と額が接する様な距離で話している写真も珍しくない。18歳で即位してから在位実に70年超、軍部と市民の間の抗争の難しい調停役だけでなく、自らの考えで農村改革、干ばつ対策に努力され、全ての国民の信頼を一身に集めた王であったことが良く分かる。帰国してから調べてみると、カメラは地方視察のときには必ず持参していたようだ。手に持っているものはどうやら灌漑や治水のための図面であるらしい。
 王宮は非常に奇麗で派手である。金箔で輝き、赤・青・緑の精緻なガラスで装飾が施されている。対照的に昔の寺院は近隣諸国との戦争の際に(ビルマ=現ミャンマーとは、400年の間に33回戦争したそうだ)破壊され、嘗ての荘厳さを偲ぶのも難しい。寺院の廃墟があるのは古都アユタヤであるが、近くには「日本人村」の看板だけが残っていた。400年くらい前、日本語名ではシャム王国であった頃、山田長政等が活躍した場所である。
 本学はタイでもトップクラスであるタマサート大学と交流協定を結んでおり、相互に留学生を交換している。このタマサート大学と王宮がそれ程遠くなかったので、ガイドさんに頼んで、構内に入れてもらった。大変立派な大学で、スケールも本学よりずっと大きい。これなら学生に強く奨めることができると確信することができた。授業の半分くらいは英語でなされていると聞いている。日本はアジアの国の中で、英文の教科書を全く使わないでも大学を卒業できる稀な国であろうが、その分なかなか英語が使えるようにならない。英語どころか、スマホ等の影響で(?)日本語の文章を書くのもおぼつかない、ホントに困ったことだ。
 「1回くらいは豪華に」ということで、ガイドブックに載っている有名なレストランで夕食をした。なんと61階建てのビルの屋上にある。驚くべきことに屋根が無い。屋上に屋根が無いのは当たり前と言われそうだが、少なくともこのシーズンは、「食事中に雨」の心配はしなくても良いということだ。

亡き王を偲ぶ

街中の電飾

王宮内の寺院

アユタヤの寺院遺跡

タマサート大学

日本人村の跡