雪のお話

2017.3.10

  私は高校を卒業するまで新潟市で育ったので、雪には親近感を持つ。大学初年時の頃の冬の帰省の際には、川端康成の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」を実感し、「故郷へ戻ってきた」という感慨に浸ったものだ。今や「ふるさとは遠きにありて思うもの・・・」(室生犀星)になってしまった。私の場合は感傷を伴ってそう感ずるのではないので、室生犀星と思いを同じにしていると思わないが・・・。
 川端康成の名文をサイデンスティッカーというアメリカの大日本文学者(と言って良いのだろうか)が英訳している。以下の通りである。
「The train came out of the long tunnel into the snow country. The earth lay white under the night sky.」
その文を再度日本文に訳すと、
「汽車は長いトンネルを抜け、雪国へ出た。大地は、夜空の下に白く横たわっていた。」
英語は直接的で分かりやすく、日本語の名文は、情緒はあるが「夜の底が白くなった」等「ン?」と感ずるよう文章を含む。

 もう大分前、「富士の高嶺に 降る雪も 京都先斗町に 降る雪も 雪に変わりは ないじゃなし 融けて流れりゃ 皆同じ」と、身も蓋もない感じの歌が流行ったことがある。たしかに「融けて流れりゃ皆同じ=水」なのであるが、実は「雪」の状態にあるときは違う。地表の温度によって「乾燥した粉雪」になったり、「重い湿った雪」になったりする。水の結晶であるにも関わらず。「乾燥した」とか、「湿った」というように形容するのは妙な感じがないでもないが、少なくとも雪に接したことのある人なら、良く分かる。この性質の違いにより同じ「降水量」(雪を融かして水にした時の量)の雪でも積雪量は富士の高嶺と京都先斗町では違ってくるのである。一般的には、降水量1 mmで積雪量1 cmの見当らしい。
 積雪が150 cm位はあり、もちろん斜面で、気温が氷点下15〜0°C程度だと良いスキー場になる。今でも昔からの仲間と年に1度志賀高原に出かける。98年に八方尾根と共に冬季オリンピックのスキーの会場になった日本有数のスキー場である。長い距離を競う競技では、スタート地点とゴール地点の標高差による雪質の違いが無視できない。昔、スキーが木製であった時代には、この雪質にあったワックスを選んで滑走面に塗ることが勝負を分けた。滑走している間にワックスは少しずつ削り取られる。それに合わせて内側のより低地の気温に合うワックスが露出してくれば勝利へ結びつくわけだ。1,2分の勝負で、コンマ1秒がものをいう世界である。最近のスキーはプラスチック製であるから、ある意味ワックスそのものでできているといっても良い。

山頂近くの霧氷:霧が樹木の枝に付着して結氷したもの.標高の高い所だけで観察できる

志賀高原山頂付近からの、北アルプス連峰、後立山連峰(遠方の山)の眺望