新年明けましておめでとうございます

2017.1.10

「新年」といっても、何故今の元旦が新しい年の始まりの日とされたのか、どうもはっきりわからない。1年は地球が太陽の周りを1周するに要する時間であるから、これは紛れようがないが、どの時点を1年の始まりの時とするかは難しい。BC(紀元前)、 AD(紀元後)という区切りがあるなら、キリスト生誕の日を1年の始まりとすれば良さそうなものだが、1週間後が元旦である。太陽と地球の相対的位置関係で言えば、春分の日や秋分の日、あるいは夏至、冬至は一義的に決まるが、これは年の始まりとは関係ない。
 日本での1月1日は欧米と一致している。時差は致し方ないにしても、何はともあれ日付を言ったら万人がある特定の時を共通に認識できることは必要なので、特定の時を基準にしなければならない。しかし、文化や慣わしは国様々なので、日本には旧暦や旧正月がある。立春は冬至から数え始め、八十八夜は立春を基準の日にしているので、こちらの方が地球の惑星としての動きに連動している。中国での春節やベトナムのテトは、「新年」のお祝いより賑やかなのではないか。

 現在我々が使っている太陽暦はグレゴリオ暦という。1582年にローマ教皇グレゴリウス13世がユリウス暦を改良して制定した。平年では1年を365日とするが、400年間に97回の閏年を置き、400年間における1年の平均日数を、365日 + 97/400 = 365.2425日、とする。この平均日数は、実際に観測で求められる平均太陽年に比べて僅か26.821秒長いだけで、驚異的精度を有すると言える。教会から不当な扱いを受けたガリレオやコペルニクス等の研究の成果を活用しての改良であろう。
日本では明治5年(1872年)に採用され、明治5年12月2日(旧暦)の翌日を明治6年1月1日(新暦)(グレゴリオ暦の1873年1月1日)としたそうだ。日本の閏年の規則については、現在でも明治31年発布の勅令が生きているらしい。天体の動きがそう簡単に変わるものではないから、改正の必要が無いのはむしろ当然であるが、文章としては恐ろしく古めかしい。
  明治三十一年勅令第九十号(閏年ニ関スル件)
  神武天皇即位紀元年数ノ四ヲ以テ整除シ得ヘキ年ヲ閏年トス但シ紀元年数ヨリ六百六十ヲ減シテ百ヲ以テ
  整除シ得ヘキモノノ中更ニ四ヲ以テ商ヲ整除シ得サル年ハ平年トス

 大学(に限らないが)では、元旦は区切りの時ではない。むしろセンター入試まで後◯◯日と緊張が高まる時期であり、受験生も大学もピリピリしてくる。なんとなく「目出度さもちう位也おらが春」等と、一茶ように斜に構えたくもなるが、イヤイヤ何と言っても新年だ、これはめでたい!と、希望の一歩を歩み出す方が良い。「一年の計は元旦にあり」という。一年で最も清新な気持ちになれる日であるから、これから先一年、十年先の「こうであって欲しい姿」やロードマップを描いてみてはどうだろうか。想定外のことが起こったら、昨年暮れに紹介したアンのように、「道は真っすぐでなく、カーブしていたわ」と考えれば良い。