お酒が生んだノーベル賞

2016.09.10

科学の発達には、様々なことがきっかけとなる。未知のものへの好奇心、目の当たりにしている事象の原因探求、病気との戦い等ニーズから来るもの、新しいものへの欲求、アイディア先行型、偶然の幸運を見逃さないことからくるもの等々、様々である。本日のテーマは、「何故お酒はできるのだろう、美味しいお酒が飲みたい」という好奇心と願望がきっかけとなり、幾つものノーベル賞受賞の業績を生んだ学問分野の話である。

 第1幕は18世紀のヨーロッパ。葡萄の実を潰して放置すればワインができることは、人類の文明が始まった頃から知られていた。時の権力者から製造禁止の命が出されたこともあったようだが、修道院で作られ続けた。ワイン=キリストの血、であったから修道院で作られたのである。何故葡萄はワインになるのか、と人々が考え始めたのは17世紀のことである。その頃から、葡萄液がワインに変化するのは、その発酵液中に存在する微生物(酵母)が重要な役割を果たしていることが分かってきた。18世紀の後半には、ドイツの大化学者リービッヒやヴェーラーは、酵母が生産する何かが葡萄液をワインに変えると主張したが、確たる証拠を示すことはできなかった。一方フランスのパスツールは生きている酵母そのものの作用であると唱えた。肉汁が腐敗するのも空気中の微生物の作用であるという確たる実験事実を示したりしたので、両者の論争はパスツールの勝ちで幕を閉じた。食品が腐敗すること、ワインが酸っぱくなることも微生物の作用であることを前提に、パスツールは数十度で短時間加熱して滅菌すれば、これらを防ぐことができることを提唱した。この方法はパスツリゼーション(Pasteurization=低温殺菌法)として、今でも利用されている。

 舞台は一転、第2幕は近代化の道を歩み始めた日本。1885年、北里柴三郎という青年医師(当時32歳)が、ドイツ細菌学の父と言われるベルリン大学教授ロベルト・コッホの元へ東京医科大学(現東大医学部)から派遣された。北里はここで、空気があると増殖しない、という厄介な微生物である破傷風菌の培養に世界で初めて成功した。さらに素晴らしいことにドイツ人のベーリングと共同で、毒性を弱めた破傷風菌をウサギに注射して、今で言う抗体を世界で初めて作ることに成功した。この抗体は破傷風の予防・治療に威力を発揮した。同様のことをジフテリアでも成功した。ベーリングはこの業績で第1回ノーベル生理学・医学賞を受賞したが、北里は最終候補者までなったものの受賞は適わなかった。

 第3幕は、北里が帰国してからのドイツ。ハンス・ブフナーは病気の予防や治療に有用な「抗毒素」は元々微生物自体が有しているものと考え、赤痢の予防に効く「抗毒素」を赤痢菌から取り出そうと考えた。しかし、初めから赤痢菌を使うのは危険過ぎるので、酵母を使って練習しようと考えた。そこで弟のエドウアルト・ブフナーは、酵母をすり潰し、細胞壁等水に溶けない部分をろ過して除いた。この水溶液には、酵母の細胞に含まれる水溶性の物質だけが含まれていて、生きている酵母そのものは含まれていない。
 この液はすぐ腐敗してしまい、保存が難しい。そこで彼は、この水溶液を3つに分けて、それぞれに食塩、グリセリン、ブドウ糖を加えた。2, 3日してそれらの液を見たエドウアルト・ブフナーは我が目を疑った。驚くべきことにブドウ糖を加えた液からは泡が出ていたのである!この泡は炭酸ガスで、発泡しているということは発酵が起こっており、加えたブドウ糖がアルコールに変化していることを示している。生きている酵母がなくても発酵が起こることを見つけたのだ。エドウアルト・ブフナーが調整した水溶液にホントに生きている酵母はいなかったのだろうか、いなかったとしたら何故発酵が起こったのか?

この続きの詳しいことは来る10月1日、「佐世保まちなか大学」でお話しする予定です。
http://www.city.sasebo.lg.jp/kyouiku/chuouk/documents/matinaka-tirasi.pdf