イチロー選手の大記録

2016.08.10

ご存知のように、イチロー選手の通算ヒット数がピート・ローズの大リーグ記録4256本を抜いて世界一となった。しかし、この分野では「世界記録」というのは、考え方からして無いらしく、こういう言い方はされない。日本記録でもなく、大リーグ記録でもないという訳で、「参考記録」と呼ばれるようだ。参考記録とは、どうにも妙な表現だ。陸上短距離走や幅跳び、三段跳びでは、追い風が2メートル以上となると、選手に有利になるので「参考記録」となるが、それとは意味合いが違う。しかし、考えてみれば4255本で終われば偉大ではなく、4257本になったから偉大だ、という訳ではないから表記法などどうでも良いことかもしれない。
 日本のプロ野球界では1シーズン200本のヒットを打つと、これは素晴らしい記録である。この素晴らしい成績を毎年続けても22年目にやっと届く数字なのだから誰かさんより多くなったかどうかとは無関係に偉大というしかない記録である。それが「参考記録」とは、どうにも落ち着きが悪い。しかし、参考記録と言われると勝負事(他でも同じかもしれないが)では禁句の「タラレバ」の議論をしてみたくなる。「タラレバ」とは、もちろん焼き鳥の類いではなく、「もし、こうしていたら、、、」「もし、こうしていれば、、、」とかいう今更考えてもしようが無い議論である。
 打撃の記録に最も大きく影響するのは、ピッチャーの力と、イチローの場合、打率ではなくヒットの「数」なので、試合数だ。ピッチャーの力を日米で比較するのは難しい。そこで、イチローの渡米前後5シーズンの平均打率を比べてみよう。日本の96年から00年までの平均打率は0.358、一方アメリカでのはじめの5年間の平均は0.332である。アメリカでは知らないピッチャーと対戦しなければならない不利はあるが、数字としては2分6厘低くなっている。
 一方、年間の試合数は日米で違う。これはアメリカの方が多い。とは言っても試合に出るためにはきちんと実績を示さないといけないし、出場機会が多ければ疲労もたまる。アメリカの方が移動距離は長いだろう。そう単純ではないが、はじめから「タラレバ」の議論であるから、イチローの年間出場試合数が最も多い年の数を比較すると、日本では135試合、アメリカでは162試合である。
 日米それぞれの打率と試合数を掛け算した数字の比が両国でのヒット数を稼げる数値の比較になる。1試合で1打席しか打てなかった場合の年間ヒット数と言い換えても良い。実際には135 × 0.358 : 162 × 0.332 = 48.33 : 53.78 = 1 : 1.11となる。仮にアメリカのピッチャーの方が平均的に日本のピッチャーより優れていたとしても、イチローの打撃センスをもってすれば、アメリカの方が年間ヒット数は1割以上多くなるという計算だ。ピート・ローズの記録が抜かれたことを悔しいと思うアメリカ人がいて当然とは思うが、日本での記録を加えたのは意味ないとは言えないということになりそうだ。
 調子に乗って「タラレバ」の2乗の議論を展開すると、日本で打ったヒット数に1.11を掛けると、1278 × 1.11 = 1418となる。即ち、はじめからアメリカでやっていればもう140本多くヒットを打てていた計算になる。「世界記録」達成までに今年打ったヒットが44本、2015年のシーズンのヒット数が91本であるから、「タラレバ」の2乗の議論では、イチローは2014年のシーズン末にはピート・ローズの記録を抜いていたことになる。しかし、そんなことより我々は、イチローは日本が生んだ偉大なバッターであることの方が遥かに嬉しいと感ずることは間違いない。