通勤路 歩いて行けば 散歩道 佐世保の朝に 秋を探しつ

2015.11.05

 今日のタイトルは長いなあ!長いというより、タイトルと言えるスタイルとは言い難い。五七五だけでは季語が無いので、仕方なく七七を付け加えたというのが正直なところだが、季語の代わりに写真を付けてお許し頂くことにする。
 以前に(2013.5.25)、「花の都」というタイトルで、花の都はパリとは限らないと、大胆不適な挑戦状を掲載したことがある。パリ市民からは特にクレームは来なかったが(そりゃそうだろう)、お認め頂いたというわけではないことを重々承知で、今回はその「秋バージョン」。

 車の行き来が激しい道路側にも植物は逞しく育つ。奇麗な色をつけるのは花だけではない。花は受粉の仲介者となる昆虫を美しさと蜜で引きつけるというが、見事な色の葉の役割は何なのだろうか。

 秋は実りの季節である。木の実というと何となく柿やリンゴのように1個1個枝にぶら下がっているイメージを持つが(少数派がブドウやグレープフルーツ)、豆状になっているものもある。春先にフワフワと飛んで行きそうな花をつけているが、どっこい、秋にはしっかり実をつけている。

 秋を象徴する代表選手はコスモスだ。「咲いた、咲いた、咲いたコスモス」が単に花が咲いたという以外に何を意味するかは、理工系を目指している受験生ならお分かり頂けるだろう。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」というが、すすきも朝見れば到底幽霊には見えず、優麗とも言える。

 収穫の秋の代表はもちろんお米。彼岸花の深紅と黄金が鮮やかなコントラストをつくり出していたと思うとすぐに稲刈りだ。右の写真は何かお判りだろうか。本学佐世保校構内の桜である。少しずつ葉が赤みを帯び、やがてヴィオロンのため息を聴きながら、散る。こうして散って行く葉の半年間の働きで幹の中に蓄えられたエネルギーによって、幹や枝の中では冬の寒さに耐えながら、様々な変化が起こる。やがて2月の最低気温と次第に温かくなっていくことを何らかのセンサーで精確に感知し、ある温度になると一斉に花を咲かせる。自然の営みは感動的である。

 注:写真は全て10月9日に撮影したものである。