緑の散歩道

2015.05.15

 爽やかな季節になって来た。風も頬に心地よい。この原稿が皆さんの目に触れる頃は、もう暑さを感じておられるかもしれまい。日本では、4月は入社式、入学式の季節。フレッシュマンの季節で、正に新鮮さに満ちている。自然界でも様々な花が開き、新芽が顔を出し、新緑の葉がやわらかい陽射しに輝く。新しい生命の息吹が感じられるので、1年でこの季節が1番好きという方も少なくないだろう。

 長崎県には常緑樹が多い。もちろん紅葉も随所で楽しめ、中でも雲仙は名所の1つであろう。紅葉が綺麗な樹木では葉は散って、春が来ると一斉に新しい葉が出て来る。したがって、緑の色は樹木によってそう大きくは違わない。それはそれで美しく爽やかであるが、常緑樹が多い地域では些か趣を異にする。 「こら新芽、風雪に耐え、冬を越した俺様に敬意を払わないと承知しないぞ」とでも言いたげな、濃緑色の葉の中に新鮮な緑が混じり、木々の様々な色合いのアンサンブルを楽しむことができる。緑というよりは黄色や白に近い色、正に命の色とも言える新鮮な若緑、そしてその間に季節の花が彩りを添える。

 若緑・浅緑は初々しい生命を最も感じさせる色である。しかし、この意味で使うときは「緑」と書いてはならず、「みどり」としなければならない。「みどりご」は漢字で書くなら「嬰児」であるが、これでは「えいじ」になって「みどりご」とは読んでもらえないだろう。かといって、生まれたばかりの「赤ちゃん」を「緑児」というでは、何が何だか分からなくなってしまう。やはり「みどり児」が良い。これで「赤い肌のみどり児」が落ち着くことになる。「緑の黒髪」も具合悪い。これは「みどりの黒髪」であるべきで、「みどり」は色そのものではなく、初々しさや若々しさを表す形容詞なのだ。という訳でこの表現は「髪はカラスの濡れ羽色」と矛盾しない。

 家から大学まで数キロあるが、休日にこの道を歩いて来ることがある。スーツ姿でこの距離を歩くのはちょっと難儀であるが、それなりのスタイルで季節が良いときなら絶好のエクササイズである。その道すがらのスナップ写真で佐世保の緑と季節の花を楽しんで頂ければと思う。藤の花の写真は大学とは反対方向へ行った藤山神社の境内のものである。

佐世保の緑1 藤山神社の藤棚

 

県大の緑 佐世保の緑2