60年の変化その5 学術論文

2015.04.25

学術論文を書く手段も大いに変化した。60年前から学術論文を書くような天才ではないので、自分の経験で「60年の変化」とは言えないが、私が大学院生になった時とその2, 30年前は同じようなものであったと考えられるので、「60年の変化」と言って間違いは無いだろう。
 
 1970年代はタイプライターを使った。キーボードの配列こそ今のPCと同じであるが、仕掛けはまるで違う。キーを指さきで叩いた「力学的な力」が先端にアルファベットの文字型を有するアームに伝わり、その先端が印字用のリボンを叩き付けて紙に字を書くというものである。ここまで書きながら、自分の文章力の無さを痛感する。この説明では、知らない人が古いタイプライターをイメージするのは絶望的だと感じるが、どうにもならない。しかし、これはどなたにとってもなかなかの難問ではなかろうか。ネットで検索すれば写真も見ることができるので、興味のある人は是非参照して頂きたい。

 小指で打つ字と中指で打つ字の濃さを同じにするのは至難の業で、それができればプロのタイピストだ。ミスタイプがあれば、そのページ全部打ち直しである。1文はおろかaをtheに訂正すると、次のページにも影響が及ぶ。せっかくミスタイプを訂正したと思ったら、今度は別の箇所でミスタイプ!これでは永遠に終わらない。簡単なスペルミスの場合には、別の紙に正しくタイプし、その部分だけ切り取って原稿に糊で貼付ける。良くやっていたと、今更ながら感心するような作業である。出来上がった論文を上司に見せて打ち直し。改訂版を提出し、この前とは違う部分の訂正を求められると「最初から言えよ」と叫びたくなるし、はらわたが煮えくり返るのをグッと飲み込まなければならない。

 これだけ苦労したのだから、IBMやブラザーから電動タイプライターが発売され、初めて使ったときの感激は筆舌に尽くし難いものがあった。今日は「文章で説明は絶望的」とか「筆舌に尽くし難い」とか、それなら書くのを止めなさいと言われそう。でもここまで来たら続けることにして、キーボードを叩くのはもちろん人であるが、そこから先は「力学」ではなく「電磁気学」の法則が働いて、印字は機械がやってくれる。したがって、打ち出される字は均一な濃さになる。単に奇麗な印字が可能になっただけでなく、文章を記憶してくれるのは夢のようなことであった。改訂版を作るときは、訂正したい箇所まできたらタイプライターを止めるように指示を入れておき、その部分をキーボードから入力し、訂正がすんだら、また自動的に残り部分を打ち出すというやり方であった。1970年代の後半である。しかし、200年以上はあると考えられるタイプライターの歴史を書き換えて華々しく登場した電動タイプライターという革命的な機械の寿命は、あっけない程短かった。80年代はじめにワードプロセッサーが誕生したからである。ここから先は、別の機会に書くことにする。

 蛇足:学術論文を外国のジャーナルに投稿すると、日本人の英語ではそのまま掲載可になることは少ない。欧米人の審査員で親切な人は、語句の訂正を要求してくるのである。運が悪いと”English is poor”で終わりである。「親切な方」の手書きの英語を正しく読み取ることがこれまた大変難しい。例えば、lemonであっても、筆記体の文字を続けられると、lとe, mとn, oとa等は区別がつかない。もう、何がなんだか分からないのである。仲間で集まって「あーでもない、こうでもない」と苦労して判読した。欧米人にはタイプライターは必需品だと、皆で妙に納得したものだった。