60年の変化その4 通信手段

2015.02.25

今回の話は、数十年あると人間は凄いことがやれるものだと実感して頂ける話である。何しろ、我々は「革命」の真っただ中にいるのだから!
 人類3大革命についてはこのシリーズの初めに書いた。その1の農業を営むことにより、自然に生えているものを探し求めて食べていた頃と比べると、食料の入手が容易になり、また定住することができるようになった。2番目の産業革命までは何をするにも人、家畜あるいは川の流れや風のような自然の力に頼っていた。蒸気機関の発明で大きな力を得ることができるようになり、機械に仕事をさせることができるようになった。そして第3の革命はICT(Information and Communication Technology)革命である。最先端のICTの技術で何ができるか、私には見当もつかない。先日のTVでは、人の「幸福度」をウェアラブル(装着型)のセンサーで測定するというトピックが紹介されていた!「ホントか?」と驚くばかりであるが、それでもICTの発達は凄まじいものであることは実感している。私自身はと言えば、「話ができれば良いじゃないの、電話なのだから」というレベルである。

 私が小学生の頃(1949〜1955)、我が家には電話がなかった。それ程貧しかったという訳ではなく、電話がないことは珍しいことではなかった。電話が入ったのは中学生の頃である。小学校の楽しみは遠足や運動会である。当然お天気に左右される。「チョット雲行きが怪しいが、今日は運動会をやります」というときも電話連絡網はない。これに変わって、学校が合図を出してくれた。どんな合図でしょうか?考えてみて下さい(答えは文末)。

 固定式でない電話を初めて見たのは、慶應義塾大学に勤務しているときで、1985~1986年頃だ。その頃、講座の教授が体調を崩されていた。大学時代の研究室の先輩が恩師に頼まれたと言って、様子を見に来られたことがあった。当時、味の素(株)の重役をされていたその先輩の車の後部座席に電話が据え付けてあり、「さすが!」と感心したのを、覚えている。それから10年もしないで携帯電話が登場したのではないか。私が使い始めたのは2003年で、かなり遅い方である。「お前、まだその型か?」と友人に言われるのは冒頭に述べた通りである。

 ファクシミリは一時程使われていないだろう。使われ始めたのはそんなに古くはない。登場したのは、やはり慶應義塾大学に勤めていた時期である。はっきり覚えてはいないが、1980年代後半に学科の事務室に導入された。私より年配のある先生は、「便利だけど、使い慣れないものは厄介だ」と、送信するときは毎回学科受付の事務員に依頼していた。

 海外との連絡もファクシミリの登場で格段に便利になった。電話で話してきちんと用を済ませる自信はなくても、チョットした英文なら書くことに問題ない。第一、時差を気にしないで発信できるし、翌朝には返事が来る。手紙だと行って帰って2週間だから大違い。Eメールを使い始めるまでの短い期間ではあるが大変有り難かった。

クイズの答えは、「決められた時間に花火をあげる」です。当時の小学生はドーンという音が聞こえる範囲内に住んでいたということだ。