彼岸花と稲穂

2014.10.10

 彼岸花という花は、とても時間に几帳面な花である。秋のお彼岸の日には必ず咲いている。夏が少しくらい暑かろうと涼しかろうと、雨が多かろうと少なかろうと、我関せずという風情である。チョットぐらい気温が高いの低いのと騒ぎなさんなとばかり、お天道様が赤道の真上から照らす時期になると必ず花をつけてご挨拶だ。今年の夏は日照時間が異常に少なかったので、「いかに彼岸花でも」、と考えたが、やはり同じ時期に独特の形の朱色の花をつけている。

 この花は、地上部分は枯れても地下茎が生き続けて翌年も花を咲かせる多年草である。したがって毎年同じ場所で見られる。慶應大学に勤務していた頃は、多摩川の堤を自転車で通っていたので、その土手のあちらこちらで見ることができた。佐世保では、花の咲くのは稲穂が黄金色に染まってくる時期と一致する。田んぼのあぜ道に咲いていると色のコントラストが素晴らしく美しい。

 この花は、他の植物とは際立って違う特色がある。それは茎のテッペンに花が乗っかっているだけで、葉というものを持たない。花が咲くまでは周りの草と区別がつかないので、開花と同時に忽然と姿を見せる感じがする。茎が緑色なので、葉緑素を持っていて、他の植物の葉の役目も兼ねているのだろうか。茎でセッセと炭酸同化作用を行い、生成した化学物質を根に送り、生き続けるエネルギー源とする(?)。これは私の想像で、間違いかもしれない。春のお彼岸の頃に花をつけるのは、ご存知桜である。最もポピュラーなソメイヨシノも葉無しで花をつける。しかしこちらは花の後に葉が現れて、他の木と同じように炭酸同化作用を行う。

 彼岸花の背景と言っては失礼であろうが、稲穂ではまず葉が育ち、その作用によりお米ができる。葉で炭酸ガスからグルコースをつくり、デンプンとして蓄えられたのが米粒である。葉でつくられたものが稲穂の先まで移動することも考えてみれば不思議なことであるが、他の植物でも当たり前に行われている。その米粒の成分は均一ではない。内側と外側で微量成分が違う。したがって、米粒を全部使ってお酒を造ったときと、外側を削って内側だけでつくった場合では、製品の味に違いが出る。前者が一般的な清酒、後者が吟醸酒である。

 最後にサイエンス。炭酸同化作用でできるものはグルコースという糖の一種である。ブドウ糖ともいう。これが沢山つながるとデンプンにもなるし、セルロースにもなる。両者はグルコースの「つながり方」が違うだけである。デンプンは簡単に「つながり」が切れて、元のグルコースとなるので、生物の栄養分となる。一方セルロースは大変丈夫で、葉や茎となって植物体そのものを支える。同じグルコースを使い、つながり方の違いだけで、これだけの機能の違いを出してみせるmother natureの賢さは感動的でさえある。

PS. 最近会った友人から、彼岸花の根にはモグラやネズミに有毒なアルカロイドという化学物質が含まれていると教えられた。根で生き続ける彼岸花が自身を食べようとする小動物から身を守るために進化の過程で獲得した機能だ。ここにもmother natureの賢さが感じられる。人間はその彼岸花を田んぼのあぜ道に植えて、モグラやネズミがあぜ道に穴をあけるのを防いでいる訳だ。これで、田から水が漏れることがなくなる。これは人の賢さだ。私は稲の黄金色とのコントラストだけに注目していたが、彼岸花と田んぼの間には、もっと深淵は関係があったのだ。

写真は、させぼ夢大学理事長近藤正人氏提供

グルコース

グルコース(2種の構造の混合物である)
デンプン セルロース
デンプン セルロース

青く印を付けた部分のつながり方が違う(C, Hは省略してある)