健康寿命

2014.8.25

健康寿命というものがあることを最近知った。「生活に支障なく過ごせる期間の平均」を示す数字である。「健康上の問題で日常生活に影響がない」と答えた人の割合から計算する。この数字と平均寿命の差が小さい程、個人にとっても社会全体としても好ましいことになる。ちなみに平均寿命(2012年のデータ)は、男性は79.94歳、女性は86.41歳である。一方健康寿命の全国平均は、男性は70.42歳、女性は73.62歳である。健康上の問題で日常生活に不便を感じながら生きる期間が男性は9.52年、女性はもっと長く12.79年ということになる。あくまでも平均の話ではあるが。

 健康寿命の都市別平均データが出たのは今年が初めてだそうだ(5月27日、朝日新聞)。20都市の数字が出ているが、男女とも1番長いのは浜松市(男性72.98歳、女性75.94歳)。男女とも2位(男性は千葉市、女性は静岡市)に1歳以上の差をつけてダントツと言える。逆に短い方は、男性は大阪市(68.15歳)、女性は堺市(71.86歳)である。男性で4.73歳、女性で4.08歳の違いがある。こちらのブービーは、男性は北九州市、女性は福岡市である。こんな風に並べてみると、単なる偶然以外の何かがありそうだ。

 男女の差が最も小さいのは千葉市の1.13歳。千葉市の男性は全国で2位の長健康寿命であるから、これは男性が頑張っている(?)と言える。2番目に差が小さいのは福岡市(1.55歳)。こちらは、女性がワースト2であることが問題になるようだ。では、差が大きいのはどこか?京都の4.30歳である。これに続くのは新潟市の4.12歳、仙台市の4.00歳で、何となく酒どころのイメージがしないでもない。

 私は今年の秋に72歳になるが、幸いにして全国平均は超えたことになる。住んだことあるいは通勤したことがあるのは、新潟市、東京都、相模原市、川崎市、横浜市、そして佐世保市であるが、それらの都市の平均を現時点で超えている。平均以上と以下の人が半数ずつおられるとは限らないが、大雑把に言って同年代の少なからぬ人が日常生活に何らか不便を感じているとすると、普通に食べて飲んで、仕事ができていることに感謝しなければならないとつくづく思う。

 健康寿命を決めるものは、様々な要素があるだろう。不幸な事故、仕事の種類・内容、住環境、家族・友人を含めた人間関係、DNA、他にもありそうだ。そして意識するかしないは別として、本人の日常生活の習慣も大きく影響するだろう。私の場合40代後半から約15年間、往復28キロくらいを自転車で通い、定年前5年間は往復5キロくらいを歩いて通勤したことは間違いなく良い方向に作用していると思う。

 自転車ないし徒歩は確かに自分の意志で決めることであるが、冷静に考えてみると、それができたことは意志とは比べものにならない大きな幸運と偶然があったことに気がつく。自転車通勤を考えたきっかけは、車上荒らしに遭って電車通勤の定期を無くしたときである。自転車の利用を可能にした大きな要素は、多摩川堤を利用できたことだ。勤務した慶應大学の理工学部が多摩川に近いことはもちろん自分の意志でどうこうなることではない。第一、慶應大学の理工学部に移ることができたのは、慶應大学が理工学部に化学科という新学科を創設したからである。たまたまその時期に新しく始めていた研究が形になっていたことが幸いした。その研究を始めるきっかけを与えて下さったのは当時の勤務先の副所長をされていた学生時代の恩師の先生である。当時の人的関係も慶應大学への移籍と無縁ではない。こう考えていくと、自分の力ではコントロールし難いことが重なって、今の生活があることが分かる。したがって、与えられた条件・環境をいかに自らのプラスになる方向へ活用するかということを考えることが大切なのだろう。