数字のマジック

2014.3.10

数字が登場すると大抵の場合は物事がスッキリするのだが、そうでない場合もある。数字の意味をきちんと理解している必要がある場合で、これはなかなか厄介である。万一、数字を提供する方に悪意があると、騙されかねない。

数字を言われてもさっぱり分からない最近の例は放射線量であろうか。なじみの薄い単位が2種類も出てきて、そこでひっかかると先へ進めない。1ミリシーベルトがどういう意味を有するのか、これが分からないと数字を出す意味は全く無い。単に不安を増長するだけである。このようなときに「直ちに健康に害は無い」と、今度は「直ちに」という半定量的な表現が混じってくると、ますます不安にさせる。しかも、数字の意味に関して専門家の間で意見に食い違いがあることが、国民の目にさらされると、今まで何をやってきたのかとクレームをつけたくなる。

化学物質には生物に有害なものもある。自然がつくるか工場でつくるかと、毒性があるかないかは全く関係ない。自然は良くて、工場出身者は悪玉と決めつけてはいけない。ふぐ毒やキノコの毒は天然の毒素の代表であるし、サリンは工場でつくる猛毒物質である。毒として働くメカニズムにもいろいろある。例えば一酸化炭素は赤血球と強く結合し、酸素が赤血球と結合することを邪魔する。結果的に組織への酸素の運搬が妨害される。毒性のメカニズムが単純なので、体重あたりの致死量は動物間であまり違わない。一方、一時世間を騒がせたダイオキシンは体内の受容体(レセプター)に結合して活性を発揮する。この受容体の構造が生物種によって多少違うので、致死量は生物の種類によって大いに違う。当然結合しやすい受容体を有するものは、薬物の量が少なくても効果は大きい。動物実験の結果を単純にヒトに当てはめることはできない。

もう少し日常的な話題で、タバコのニコチン量。「1 mg」とか「3 mg」というように数字を表記した銘柄がある。しかし、数値の違いが、どの程度健康に影響するのか不明のまま使われているように感じられる。要するに、「1 mg=ニコチンが相対的に少ない」という以上の意味は無く、数字自体は無意味だ。もっと言えば、mgという日常的にはあまり耳慣れない小さな単位がもつ印象が狙いとも言える。

最後にもっと軽い数字でチョッピリサイエンス。天気予報の降水確率の「50%」。数字を使わずに表現すれば「雨が降るかもしれないし、降らないかもしれない」となる。これでは予報としては、役に立たない。出かけるときに傘を持っていくかどうかはその人次第である。これに「所により」や「一時」がつくと、もう何がなんだか分からない。「昨日、降水確率50%で外出したら雨に降られた。今日も50%だけど、今日は大丈夫なはずだ」という程単純にもいかない。

「50%」の算出根拠は以下の通りらしい。例えば、長崎県の過去の天気図が今日のそれと似ているもの(どの程度を似ているというか?)をピックアップし、そのときに雨が降った日数の割合を%で表したものが降水確率である。予報としての意味は無くても、「50%」という表記は致し方ない。