“Just Being Glad Game” of Pollyanna

2013.10.10

 大学では、いよいよ後期も始まったので、今日はチョット元気の出る話にしたい。

 “just being glad game”は日本語で、「良かった探し」と訳される。Pollyanna(ポリアンナ)は明るい性格の少女の名前である。学校・大学でも企業でも心機一転秋の陣に相応しい話なので、どんなゲームなのか紹介したいと思う。

 「良かった探し」とは、どんなことにも「良かった」と思えることはある筈だ、何かに期待はずれのことがあったときでもその良かったことを探し出してみよう、と試みるゲームである。他の人と勝ち負けを争うのでなく、自分で自分の気持ちを切り替えるためのゲームである。

 この物語の冒頭に挙がっている例は、Pollyannaが婦人会の慰問箱のようなものに、お人形が欲しいとお願いした結果から始まる。意に反して贈られてきたものは、なんと松葉杖であった。これにはもちろんがっかりである。でも、このことに「良かったことはないかしら?」と考える。そして見つける。「私は、松葉杖を必要とする状態でなくて、良かったわ!」という具合に。

 世の中、これに類することは沢山ある。予想通り、期待通りに物事が進まなくてイライラしたり、がっかりするのは日常的に起こる。これらを乗り越えて、さらに良い結果を出せるよう努力することはもちろん必要であるが、一方受け容れなければならない現実をどんな風に受け止めるかも重要なことである。特に、自分ではどうしようもないことを肯定的に受け止める程、人生は楽しくなるし、さらに上を目指す頑張りも出てくる。

 天気予報が「雨」だったので傘をもって外出したが、結局降らなかった。「何だ、傘なんか持って行くんじゃなかった」と考えるか「傘を使わなくて済んで、良かった」と考えるかで大分気分は違う。しかし、Pollyanna自身も、このゲームは楽でないこともある、と本音をもらしている。負け惜しみに近くなることもあるかもしれないが、心がけてみてはいかがでしょうか。

 “Pollyanna”は、1913年のEleanor Porterの作品。私は、安井京子著『音読して楽しむ名作英文』(はまの出版)という本で知り、英文等はその本から引用した。この本によると、”pollyanna”という単語は人名としてではなく「底抜けの楽天家」という意味でも使われるそうだ。それ程大きな辞書ではないが、手元にある小学館の”PROGRESSIVE English-Japanese Dictionary”(第4版)にも出ている。