卒業式

2012.03.20

3月19日は、本学の卒業式であった。(旧)長崎県立大学と県立長崎シーボルト大学が統合し、(新)長崎県立大学となって、はじめての卒業式である。何らかの理由で4年以上の時間をかけて(旧)の大学を卒業する学生諸君も一緒の式典にして頂いたので、卒業式の正式の名前は大変長い。

本学は佐世保市に本部と経済学部があり、長崎市に隣接する長与町に国際情報学部と看護栄養学部がある分離キャンパスの大学である。したがって、教職員の全学的な会議は一方のスタッフが他方へ移動するか、TVを使っての遠隔会議を実施する等なかなか苦労も多い。会議なら年間通じて何回かあるので、一方の負担にならないように工夫できる。しかし、入学式や卒業式は学生諸君にとっては、1回限りなので、自分の学び舎で、あるいはそれがかなわないなら、すぐ近くの馴染みの場所でと望むのは当然のことである。では、卒業式を2回やるか、ということになるが1つの大学でそれも如何なものかとなり、結構ややこしい問題である。2つの大学の統合のときに予め決めておいたように、入学式は佐世保市で、卒業式は長崎市で、ということに落ち着いた。佐世保キャンパス内にサテライトを設け、どうしても佐世保で、という学生の希望にも最大限に応じた。

私自身のことを思いだすと、卒業式には参加しなかった。大学院進学で、卒業しても同じ研究室にお世話になることに決めていたので、「卒業」自体がほとんど意味のあることとは感じなかった。ただ、同じ研究室で卒業研究をやってきた友人の何人かは別の研究室に移ったし、就職する友人もいた。彼らと記念写真という意味で、学科に分かれて卒業証書を頂く教室には行ったらしく、お免状を持って、先生や友人と一緒に写っている写真がある。立場が変わって、卒業式や入学式での「学長訓辞」の原稿書きに四苦八苦することになってみると、あの時総長訓辞くらい聴いておけば良かったとも思うが、「今更何をか言わんや」、である。

人生において、いつだって1つの終わりは次の始まりである。今日学窓を巣立った若者が、大学で得た何かを糧に、世のため人のために活躍してくれることを祈るのみである。新しいことを始めるにあたっては、まずは「石の上にも3年」の気持ちで臨んで欲しい。一生懸命やれば、面白さもわかってくるだろうし、自分なりの工夫も可能であろう。仮に方向転換するにしても、その上でのことなら、自分なりの展望が持てる筈だ。

こういうタイトルで書くと、ついお説教にみたいになってしまう。失礼しました。

【長崎市の本会場 ブリックホール】
【長崎市の本会場 ブリックホール】
【サテライト会場 佐世保校内】
【サテライト会場 佐世保校内】