雪と氷

2012.02.20

「富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も、雪に変わりがあるじゃなし、溶けて流れりゃ皆同じ」、昔はやった歌の一節だ。そう言ってしまっては、色気もシャレもなくなってしまう。“無いついでに”南極の氷も冷蔵庫の氷も一緒では、南極に気の毒だ。溶けて流れりゃ皆同じ「水」ではあるが。一点違うのは、富士の高嶺に降る雪が溶けた水や南極の氷なら、良い値で売れそうであるが、先斗町の雪が溶けても、それは無理だろう。さてこの先は、マジ、サイエンス。

何故雪は白くて、氷は透明なのだろうか?今回は、このどうでも良さそうな疑問のお勉強である。まず、透明か不透明か、実はこれは、分子レベルの問題である。急に難しくなった、と読むのを止めないで、付き合って欲しい。分子が同じ向きを向いて整然と並んでいる状態を結晶とよぶ。「愛の結晶」とは、大分ニュアンスが違う。それはさておき、分子が整然と並んでいて、動き回ってはいないので、結晶は固体である(厳密には液体の結晶もある)。水の結晶が雪である。

太陽光線は可視光(我々の目で感ずることができる光)が主であるが、様々な波長の光が混じっている。波長が違うと光の色が違うし、水の中を通過するときの屈折率が違う。太陽の位置、自分のいる場所、空気中の水滴の位置が上手く組み合わさると、水がプリズムの役割をして色が分かれて見える。これが虹である。

では、氷は固体ではあるが、結晶ではないのか、というと正にその通り。結晶でないので「非晶質」という。分子は動き回ってはいないが、好き勝手にいろいろな方を向いている。こうなると、隙間ができて全ての波長の光が通過する。このとき、そのものは透明になる。ガラスも非晶質の代表である。

ある物質が全ての波長の可視光を反射すると、その物質は白く見える。これが雪である。雪は光を反射するので、目にはまぶしい。逆に、ある物質が全ての波長の可視光を吸収すると、その物質は黒く見える。例えば、煤(すす)はその代表である。「可視光を吸収する」とは、どういうことを説明するとややこしいので、ここでは省略する。要するに反射もしないし、通過もさせない。その物質自体のエネルギーとして利用していると言っても良い。衣服の色によって温かさが違うことも、これで説明できる。

多くの物質は、ある範囲の波長の光だけを吸収し,他は反射する。すると我々は、反射された波長の光だけを見ることになるので、その物質は吸収された光の反対色に見えることになる。植物の葉が何故緑であるかは、以前に書いた。