化学のコマーシャル−−−その1

2011.12.02

今年は「世界化学年」である。キューリー夫人が強い放射能を発生する元素であるラジウムを発見し、その業績でノーベル化学賞を受賞してから100年経たのを記念しての企画である。ちなみに彼女は1903年に放射能の研究で夫のピエール、および最初の発見者であるベクレルと共にノーベル物理学賞も受賞している。今回は「世界化学年」にちなんで化学のコマーシャル。

高校で習う理科の授業は物理学、生物学、地学、そして化学だ。このうち化学だけは学をとると、言葉としての意味をなさない。他は違う。物理も生物も地もそれなりに意味を持つ。いわゆる文系学問でも同じだ。○○学という言葉から学をとってしまっても、残りの言葉はそれなりの意味を持つ。法学、経済学、政治学、倫理学、文学、全てそうだ。どうやら「化学」だけが例外のようだ。

「化」という言葉、あるいは文字はそれだけでは独立した単語になっていない。となると「化学」だけは他と違う学問であるということか。化学の「化」だけが名詞ではないのである。他の学問は全て名詞に「学」がついている。研究の対象となること自体が、名詞あるいはモノなのである。「化学」だけが名詞を対象とする学問ではないのである。

では、何か?これはむしろ「動詞」である。「変化すること」の研究が化学なのだ。しかも、これはかなりドラスティックな変化を相手にする。「化」が名詞の中に入っている言葉を探してみよう。お化け、化石、等々一般的に言えば「予想や期待した範囲を超えて変化するとき」に、この言葉を使う。「化粧」はどうか、と言われると、下手な解説は世の女性を全て敵にまわしかねないのでノーコメントとさせて頂く。

劇的、予想外の変化を研究対象とするのが化学だ。要するに「化学」とは物質の変換を研究対象とする学問だと言えそうだ。そこに、「化」の字が当てられたのは、科学と同じ発音であることの不便さを除けば妥当である。

 化学の対象は分子レベルでの変化を追求する点で、他と異なる際立った特徴を有する。木材で家をつくるとか、鉄板から自動車をつくるというときの「つくる」とは本質的に異なる。化学では、一つの分子の他の分子への変化が基盤にあるからだ。したがって、石炭からナイロンを、石油からプラスチックをつくることができる。日頃当たり前に使っている化学製品の恩恵は全く意識されないが、日用品から医薬品、プラスチック、建材、洗剤、果ては香料まで、意図的な化学変化故に今の姿がある物質の存在抜きに、現代の生活を考えることは不可能であろう。