新緑の候

2011.05.15

「新緑の候」、「風薫る五月」等、この季節の手紙の書き出しの定番である。暑からず、寒からず、1年で1番過ごしやすい時期かもしれない。目に入る緑が美しく、吹く風も心地好い。趣のあるものの代表として「花鳥風月」という言葉がある。風だけは姿かたちがあるものではないけれど、花・鳥・月と肩を並べるのだから偉い。日本人のセンスを感じさせる。その風が「薫る」季節なのだから素晴らしいこと請け合いである。

色を表す言葉に「新」が付くのは、緑だけであろう。新赤も新白もない。富士山の初冠雪等は「新白の候」と言っても良さそうだけど、それはない。あまりにもローカルか。それより、「新」には新しい命が活動し始める躍動感が含まれていなければならない。雪と躍動感は相容れない。季節だって「新」が付くのは春だけである。他は全部「初」で統一されている。初夏はあっても新夏はなく、新秋や新冬も同様である。と、思っていたのだけれど、念のため広辞苑を引くと「新秋」はありました!私は知らなかったのですが、皆さんはどうでしょうか。「新春」の方がポピュラーなのは、植物のように環境の状況を感じて芽を出したり、花を咲かせたりするものの多くにとって、春は命を謳歌する季節であり、「新」と呼ぶに相応しいのではなかろうか。日本人は敏感にこれを感じとって妙である。

さて、新緑とは、どんな色?これがなかなか難しい。この季節に外を歩くと実にいろいろな「新緑」があることが実感できる。日本語には色を表す言葉は多い、ということを聞いたことがある。「新緑」と十把ひとからげにはせず、我々はいろいろな表現を持っている。簡単に思いつく例を挙げれば、浅緑、薄緑、若草色、若葉色、草色等々、黄緑の葉だってある。新緑とは違うが、緑の種類は他にも、濃緑、深緑などもある。私が卒業した中学の校歌の一節に「濃緑映ゆる若松をかざして強き我らなり」というのがあった。「濃緑」に「新緑」というイメージではないが、松の葉は若いときから「濃緑」の植物もあるのだから、春の野山の緑は様々である。緑は様々であるからこそ、「真緑」という表現もない。他の色にはある。例えば真っ黒、真っ白、真っ赤等は良く使う。

 ここでチョッピリサイエンス。可視光を全部吸収してしまうものの色は真っ黒、全部反射すれば真っ白と物理化学的にもはっきり定義できる。真っ赤になるとチョット危うくなるが、「真っ青」になると、もうどうにもならない。「顔色が真っ青になる」と「真っ青な海」が同じ色とは誰も思わないだろう。「真緑」があると喧嘩になりそうだからなくて幸いである。かえで色=赤橙色をイメージするが、楓も春の若葉は緑色で、これを青紅葉というらしい。

ここで問題の「青」が登場である。何故、緑紅葉ではなく、青紅葉なのだろう。虹の七色では「赤橙黄緑青藍紫」と青を二つに分けて緑と区別しているのに、植物の色となると緑と青の区別が怪しくなる。この大問題(?)に関する考察は次回の宿題としたい。

構内の新緑(シーボルト校)
【構内の新緑(シーボルト校)】