クルム伊達公子の健闘

2011.06.28

クルム伊達公子が15年ぶりにウィンブルドンでの勝利を挙げた。40歳という年齢は史上2番目の「高齢」という。トップは伝説的名選手であるマルチナ・ナブラチロワ。現役を続けての記録で、これまた立派である。

伊達公子は自身の絶頂期に、ときの女王シュティフィ・グラフとウィンブルドンの準決勝で2日間にわたる大接戦を演じ、その年1996年に突如引退した。ライジングボール(グラウンドに跳ねたボールが最高点に達しないうちに)をバンバン打ち返す伊達に対しては、当時圧倒的な強さを誇っていた女王グラフも苦手意識を持っていたという。そのグラフは「Kimikoは何故今やめるのか?」といぶかったそうである。新聞紙上で読んだ「25歳を自身の一つの区切りの年と考えていた」、という伊達のコメントがまぶしかった。私の25歳といえば、(比べてどうする?)学位論文を書くための研究が思うように進まず、悪戦苦闘していた時期である。一つの区切りもへったくれもない。

その伊達が10年(くらい?)のブランクの後、再び現役復帰したときは、ひややかなコメントもあったが、私の気持ちは素直に「頑張れ」であった。現役復帰には夫君である自動車レーサーのクルムの後押しが大きかったようであるが、それにしても生半可な決意で復帰宣言はできない。かつて世界を舞台に活躍したプライドを胸の奥に封印し、もう一度世代が違う選手に混じってゼロから始めるということは、これは大変なことである。全盛期とは、気持ちの持ちようは違うかもしれないが、このチャレンジングな精神力を見習いたいし、若い人達にもじっくり噛みしめてもらいたい。

その彼女が、15年ぶりにテニスの聖地ウィンブルドンで勝った。素晴らしいことである。その上2回戦でも、5回優勝経験のあるパワーテニスの代表格ビーナス・ウィリアムズと大接戦の離れ業を演じた。身長で20cm以上、体重で20kg以上も上回る相手に対して一歩も譲ることなく自分のテニスを戦うこと自体、感動的でさえある。

先に上げたマルチナ・ナブラチロワに名言がある。「テニス界でも、ゴルフクラブと同じように、ラケットの反発係数等に制限を加えれば、テニスはもっと面白くなるだろう」と。もし、実現していれば(勝負事に「レバ、タラ」は無意味であるが)、伊達はビーナスに勝っただろう。